2020年5月13日 (水)

近頃流行るもの

 近頃流行るもの、佞臣、酷吏とコロナ。それに、やたらと見栄を切る大人達。
駅前に買い物に出るのさえ、マスクをしていないと、不審者のように視られるのには閉口。同じマスクを一ヶ月も使うと些か難儀。 

 今日、一部の記事を削除。
 別段、特別の意図があったのではなく、なんとなく全体をスッキリと調整した。

2020年5月11日 (月)

デカルトとの二度目の邂逅(2020,5,12に加筆)

 私は、高校生の折、ふと手に取ったデカルトとパスカルの著作集に思いも掛けず没頭してしまった。
 押さえようのない好奇心が堰を切り、何故か、デカルトとパスカル、更にはモンテーニュの三人のフランス人の著書に夢中になり、読み耽った。

 当時は、パスカルとモンテーニュに何よりも心酔した。デカルトは読むには読んだけれど、幾何学以外には言うにいえない取っ付き難さに何時も悩まされ続け、他の二人とは違って、段々と繰り返し頁をひもとく回数が少なくなっていった。
 当時、別にフランスやルネサンス、哲学やヨーロッパのキリスト教、歴史等にもの凄く興味を持っていたわけではない。パスカルやモンテーニュが語りかけてくるものに、妙に取り憑かれていただけのことであった。

 おかげで、大学は不合格になったけれど、この三人との師弟関係は、浪人しても、全く微動だにせずに続いた。ただ、デカルトだけが些か継子になりかけていた。これらが祟り、理系志望から泣く泣く文系、しかも最も行きたくなかった経済学へと舵を切らざるを得なくなった。
 大学では第二外国語としては躊躇無くドイツ語を選択。このころからフランスの三師匠とも少しずつ疎遠になりはじめ、大学では書籍代に事欠き、あろうことか、三師匠の書物は考慮に考慮を重ねた末ではあったが、泣く泣く古書肆へとお出向き頂く仕儀になった。溜息の見返りには、経済学の主立った書物を手にすることが出来、此れ等はいまだに我が書棚をしっかりと埋めている。それ以来、実に馬齢七十を超えた。

 数年前、命懸けの病を克服した後、昔馴染みの古書肆の店頭で懐かしいパスカルとデカルトの書物に思いも掛けず邂逅。文字通り、抱き抱えるようにして帰宅し、汚れを拭き取りカバーを設え、書棚に据えた。しかし、取り掛かり中の仕事が気になって、昔のようにのめり込んで読むようなことにはならず、ただ、拾い読みをして昔を懐かしんだだけであった。

 今年の、このコロナウイルスの流行は、年寄りを書斎の中に閉じ込めてしまった。しかし、体力を温存させるため、内の買い物について行き、重い荷物を提げ、最後の仕事に臨むために腕力をただただ鍛えている。

 ある日、駅前の小さな新刊書店に入った。それまでは置いていなかったのに、珍しく岩波文庫が二三十冊棚に収まっている。その列の中央に立っていた一番薄い文庫がふと目に飛び込んだ。谷川多佳子訳のデカルト『方法序説』!
 この書物の書誌についてはしっかりと覚えていた。有名な幾何学を始めとする三試論の序説にあたるものだけを抜き出して単行本に仕立てたもので、本来は大部なこれらの一体の論考の中で評されねばならない序説部分であることだ。

 それでも、手に取って拾い読みをしていると、昔、どちらかと言えば、取っつきの悪さに溜息をついたものが、結構面白く読めることに気付き、新訳でもあったので、買って帰って読み出した。読んでいると、あちこちらから読み覚えのあるフレーズや文章が微笑みかけてくる。気が付くと、この何十年かの読書遍歴や、経験が読むのを手助けしてくれていることに気付く。
 ムラムラと読みたくなる虫が蘇った。増補版の著作集は些か内に申し出難かったために、文字が小さいのを除けば手軽であったため、試しに他の著作がどれだけ文庫本になっているのかをネットで調べ始めた。みるみるうちに『幾何学』、『省察』、『情念論』、『哲学原理』と『精神指導の規則』と主立った著作がいっぱい文庫化されているではないか。その勢いで全部発注(こんなに文庫で揃うとは、全く想像していなかった!)。
 その時、昔には十分なものが日本語訳化されていなかった膨大な書簡集や論争関係の資料や医学、数学、自然学や音楽論の貴重な資料が邦訳されているのを知ってしまった。
 『デカルト全書簡集』全八巻(知泉書館)はあまりにも高価で、齢幾ばくも無い老人が購入するには手が出ず、且つ、内に奏上する勇気が出なかったけれど、次の三つの書物は残りの齢が幾らかは分からないものの、これだけはどうしても読んで冥土の土産にするのも悪くは無いぞ、と自問自答の挙げ句、迷いを払い退け、勢いよくボタンを押した。
『ユトレヒト紛争書簡集』(知泉書館)
『医学論集』(法政大学出版局)
『数学・自然学論集』(法政大学出版局)

 三つの書物の先頭で山田弘明氏が述べられておられるように、古くから紹介されてきたデカルトの書籍に書簡集とこれらの三冊の書物を合わせることによって得られるであろうデカルトの更に生き生きとした位置取りを想像するだけで心が躍った。
 幸いなことに、生意気にも高校時代に手に入れていた科学革命の学会報告書の予備知識も頭の中では健在であったことから、デカルトの大学での履修事項を理解し、彼の時代的な位置関係を今度こそ正面から読み解いてゆけそうに思え、久し振りに老人の好奇心は大きく揺さぶられ、感謝!

 今日、やっと先日発注を掛けた全部の真新しいデカルト先生が、私の書斎にドンと、ご到着を賜れた!

【PS-1 2020, 5, 12】
 デカルトの著作物に関わるもので、文庫化されているものが、更にもう一冊あるのを忘れていた。当書は現在その在庫が確認できず、この度は入手が叶わなかった。
 『デカルト=エリザベト往復書簡』、山田 弘明訳 (講談社学術文庫)

 この度、年甲斐も無く、一挙に買い求めた書物の中で、文庫のものは嘗て高校生の折に読んでいたものであった。大型の書物は、現在はほんの拾い読みの段階ですが、その中で『ユトレヒト紛争書簡集』(知泉書館)は、どちらかと言えば『医学論集』、『数学・自然学論集』(共に法政大学出版局)を購入する折、面白そうであったから、ついでにと言った方が良いくらいの割と軽い位置であった。
 しかし、実際に、少し紐解いてみるだけでも、この書物が示す実に刮目するような、生き生きとしたデカルトの息遣いは冥土の土産以上のもので、つくづく先年の病気で死ななくて良かった!という思いを噛み締めた!同時代のもので言えば、『スピノザ往復書簡集』畠中尚志訳(岩波文庫)と比肩出来るか、あるいはそれ以上ではないかと、思っている。どうか、この書物が広く向学の士に迎えられんことを!!!

【PS-2 2020, 5, 12】
 参考になるかどうかわからないけれど、今回購入の文庫について”追記”頁に記載しておこう。

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2019年7月14日 (日)

山田盛太郎先生と7月14日

 山田盛太郎先生がご存命の砌、7月14日には何故か良くお会いできることが多かった。
 先生はいつも私にニコニコと微笑みながらお聞きになる。
 「中塚君、今日は何の日か知っていますか?」と。

 私も、ニコリとして、「はい、フランスの革命記念日ですね!」と答える。
 そうすると、先生は満足気にもう一度ニッコリとされ、次の話題に入る。

 こんなことが、ほぼ何年か続いたある年、先生はいつもと同じように
「中塚君、今日は何の日か知っていますか?」と聞かれたので、その年に限って
私は意地悪をして「パリ祭です」とお答えしたら、先生は、真顔になられ、
正面から私をご覧になって、「それは違います。今日はフランスの重要な革命記念日です。
先程の表現は本質を正しく捉えていない。」と、諭されるように穏やかに話された。
 私は、学問に向き合う姿勢が不十分であったことを詫び、頭を下げた。
 頭を上げると、何事も無かったかのように、ニッコリとされた何時もの先生が、
先程の私との問答なぞ無かったかのように、違う話題を振ってこられ、
その日は二度とこの件でご指摘やお叱りを受けることは無かった。

 次の年も再び先生は「中塚君、今日は何の日か知っていますか?」と聞かれたので、
 「はい、フランスの革命記念日ですね!」と答える。
 そうすると、先生は満足気にもう一度ニッコリとされ、次の話題に入る。

 こんな遣り取りが何年か続き、そして、先生がお亡くなりになられた後、7月14日には
「先生、今日は7月14日のフランスの革命記念日がやってきましたよ。」と先生の
ご著作に話しかけることにしている。

2019年4月21日 (日)

文献引用時のイライラ

 引用文献を記載する時、一瞬、複雑な思いに駆られることがある。

 邦文文献の場合、著者によって何回か版を変更されたり、さらに著作集・選集・全集(著作者が生存中に編集される場合もあり、没後に編まれる場合もある)があったりと、同じ著者による同一の文献に対し、幾つかの異なる版本が存在する場合がある。
 これらの場合、どの版本を引用文献として選ぶのが良策なのだろうか、と時に悩む場合がある。
 引用者または読者がどの版を持って互いに向き合っているのかは、時として不明なのである。執筆者は、自分にとって一番良い版本を引用文献に当てたいであろうし、読者にとっては手近に所持している版本で引用文献を確かめたいはずである。

 とりわけ、翻訳文献からの引用をする場合は一層複雑な思いに駆られる。基本的には外国文献の場合は原語版の頁を表記すれば全く文句が無いように見えるが、原語版といえども邦文文献と同様に沢山の版本があり、どの版を指せば良いのかが同じように問題になる。
 翻訳文献の場合、出版社や翻訳者によってもどれを選択するべきかという問題があり、幾通りもの版があれば、訳文だけの問題ではなく、頁数も異なる場合があり(文庫化されると訳文はほぼ同じでも、頁数が異なる場合がある)、勢い、主なものは全部買い込んでそれらを表記すれば良いではないか、と言われると、執筆者と読者は出版される毎に、ことごとく様々な版本を買い揃え、いざという時のために備えねばならなくなるし、執筆者も、たった一言引用するのに、何冊もの異なる出版社・翻訳者の頁をくどくどと書き連ねなければならなくなる。イライラが募るのであるのであるが、論考を通じて執筆者と読者との間のコミュニケーションが成立するためには、引用文献の選択は本文以上に難しいものがある。書く側にも、読む側にも、互いに自分にとって最上の版本があるために、この一点で、コミュニケーションに支障が生じるのは何としても避けたいという気持ちがある反面、自身が相応しいと思っていない版本が取り出されると、どうしても舌打ちをしたくなる。

 しかし、悲しいもので、気がつくと書斎には同じ著者の版の異なる同じ文献(邦文文献や原文版、ならびに翻訳書に至るまで)が書棚に鎮座されて、小生からの呼び出し備えて今か今かと待機しておられる。円滑なるコミュニケーションが必要であるとの思いがそうさせているのだ。
 執筆者には読者に対して、自己の論考への十全な説明責任があるので、例え苛つくことがあっても、ここでは丁寧な対応が何よりも肝要となることから、健気にも、家庭平和を祈る一方で、書肆へと暇を見ては足繁く通わねばならなくなる。

 また、長生きをすると、時として溜息をつくことがある。
 三十年位前では、この書物を引用文献として掲げておけば、大方はそれを納得されていたのだけれど、最近では、最早、それが些か通用しなくなり、新しく出た人気(?)の版本をどうしても用意しておかなければ引用箇所の特定に手間取ることがあり、渋々新しい版本を買うためにまたもや書肆へと出かけなければならなくなる。
 ある時、小生は、運悪く内に見つかり、同じ書物を一体いくら買い集めると気が済むのかと、説明を求められ、困惑の縁で狼狽えた。

 しかし、如何に困惑の縁で、溺れもがこうとも、一時の堪忍を渾身の思いで乗り越えさえすれば、時々ニンマリとする瞬間が必ずやってくる。
 時代を問わず、人様の書かれたどのような論考を読むときでも、引用文献の該当箇所へ簡単に行き着くことが出来るし、コミュニケーションでてこずることから解放されるのである。

 時に、用意しておいて、以外に役に立ったものがあった。
 山田先生の『分析』に対する各時代の様々な論客による論考を読むとき、時代によって利用された引用文献の該当箇所へと簡単に辿り着けるように『著作集』版の第二巻(『日本資本主義分析』)に『講座』分冊、旧版『分析』、岩波文庫版の各頁を色を変えて脚注として頁下部の空欄に書き込んで見ると、最初はあまり期待していなかったけれど、これが意外にも便利なものであった。お時間のある方は、是非お試しください!

 更に調子に乗って蛇足を付け加えると、山田盛太郎先生の資本論はエンゲルス版なので、探し巡って神戸の古書肆で先生ご所持の版より一年後のエンゲルス版[オットーマイスナー最終版]を見つけた。この時は、飛び上がるほど嬉しかった。山田先生の書物を読むときは役に立った、後年、このエンゲルス版は龍谷大学の山田盛太郎文庫所蔵のエンゲルス版『資本論』の映像資料を編集する時には大変重宝した。

2019年4月19日 (金)

脇村義太郎氏の回想録を読んで

 出版以来気になってはいたのだけれど、購入順序の点でいつも後回しにしてきた書物があった。
 岩波書店から出版された脇村義太郎氏の随想書類である。

 刊行順に書き上げると次のようなものだ。
 『東西書肆街考』岩波新書(黄版87)1979年(昭和54年)6月
 『回想九十年 師・友・書』1991年(平成3年)9月
 『二十一世紀を望んで 続回想九十年』1993年(平成5年)12月
 『年譜・著作目録』1994年(平成6年)12月
 『わが故郷田辺と学問』1998年(平成10年)4月

 脇村氏によるこれらの書物を、私は山田盛太郎先生の同時代史として読んだ。
 もちろん、これらの書物は、脇村氏の個人的な記憶を源泉とした記録で、突っ込んだ事実の確認と検証に対しては、それらは読者の仕事として尚残るわけではあるが、同時代の様々な様相を脇村氏の目と記憶を通して、改めて認識するという意味では貴重な書物であり、これら五冊を一気に読んだ。

 脇村氏の回想録や随想、対談については、小生が判っているものとして、他に下記の二つの書物があるが、現時点では小生は未読。
 『脇村義太郎対談集ー産業と美術と』1990年(平成2年)12月(日本経営史研究所)
 『東京湾は世界一 湾を守れ!』1996年(平成8年)月不明(岩波ブックサービスセンター

2019年2月 6日 (水)

全集・著作集は如何にあるべきかを問う

 もう終わり、と言いながら三つ目を書くと、それは大概駄作と昔から相場が決まっている。
 だけど、今朝起きると、どうしても、これも書いておきたくて、些か逡巡したものの、やはり書いてみよう(老人はこのような勿体ぶった書き方をする!これは要注意である!)。

 もう十分生きてきたので、内外を問わず、全集や著作集なるものは数限りなく手に取ってきたし、小生の苫屋の書斎にもいくつかが鎮座されている。

 ただ読むだけであるならば、特に目くじら等を立てないで、ただ味わえば良いだけなのだけれど(目が眩むような高価さを除けばである)、研究用資料としてこれを手に取る場合、大いに嘆息を禁じ得ない!

 何故ならば、まず、引用文献の選択肢が余分に一つ増えたからである(多少、私の我が儘があるが)。 手持ちの初版ものから始まる既版の書籍であれば、改訂や増補が影響しなければ、頁数は概ね変化しないのであるが、全集や著作集版は申し合わせたように原本と頁数が変わるため、どうしても財布に哀願して、何とかして我が儘を聞いてもらわねばならなくなる(まずは、該当する新しい頁数を把握するために、である)。
 さらに面白くないことに、原著者の手控え本によって改訂したり、言い回しを原著と変化させたり(漢字や表現、仮名遣い等々)と、編集者は勝手なことを言うが、一番肝心な何処を改訂したのか、何処の表現を現代風に改めたのか、発見されたどこのミスプリを改めたのかについては、大抵全く示されていないことが多く、些か失礼千万(著者に対しても、古くからの読者に対しても)ではなかろうか! 最も驚愕に値するのは、原著の先生がご存命であればと書き付けて、時代の推移により、先生ならばここはこうしたであろう、等と身勝手な編集を加えられるのには本当に辟易し、研究者としての資質を甚だしく疑う。
 ドイツ語の所謂髭文字が新しいものに置き換わっているのは、当初は読み易くて楽ちんではあるが、髭文字とて、慣れれば結構それほどには苦にはならない(だだし、老人は視力が弱っているため、時々読み間違いがおこり、一時意味不明に悩んだりするのは、個人的な不勉強の祟りと言うべきであらう)。

 全集や著作集を世に出そうと企画された理由は、ただ、著者を顕彰するためだとか、その書物が手に入り難くなったから、という理由ではあるまい。

 編集諸氏に問いたいのは、原著者の一体何を後世に伝え、引き継ぎ、引き渡すために、必要に駆られての全集や著作集の企画・編集であったのであれば、どのようなものが後世・後学に対し、遺されねばならないのかという一点についての存念である。

 歴史的に重要な書物(遺産)は、そのどの版を先ず後世に遺し示すことが大切なのか、原著者が遺した個人的な記載(自家用本への書き込み等)や、後々の版で公刊された変更箇所等々を逐一明示することで、後学の人達に原著者の示したかったことへの肉薄の径をどう探らさせれば良いのか、更なる学問の発展に資するために、そして何としても後学に示し、伝えなければならない著者の息吹とはどのようなものであったのかをどうやって示せるのかという点での原資料について十分な検討が編集者に求められている。
 だから、一般的には、原書籍が初めて世に問われた初版を原頁通り、書式も原書籍通りに復刻し、知り得た情報を脚注として巻末か、別冊子に編集する努力が本来有るべきではなかろうか(場合によっては最終版が最適となる場合もある)。(私は旧字や旧仮名遣いは苦手で困る等という輩は、そもそも初手から学問をする資格はありません。何のために辞書があるのか、君は何のために今迄学問をしてきたと、自問自答をまず何よりもされるべきであろう。)
 (ただ一言付け加えると、複雑で日数をたっぷりとかけなければならなくなると、どうしても高額な価格からは逃れられず、出版を事業として行うには採算上問題が多いため、出版側と編集側はお互いに妥協が必要となるという出版社の指摘があることにも留意が必要かも知れない。しかし、後世に示すためには、どうしても乗り越えられない壁とは思えない。双方共に意識を転換すれば、乗り越えられないはずは無い、と愚考する。)

 嫌味を最後にもう一つだけ書き記すと、原著者が意味を持たせて作った筈の著作物の空白域が大抵の全集や著作集版では無視されて、ノッペリとした面白みの無い気の抜けた紙面に成り変わっていることに大変な失望を禁じ得ないことである。
 著者が注意深く提示した余白域が存在するとき、編集者が遺し伝えなければならないことは、まず原著者の息吹であり、原著者の鼓動を感じさせるこの重要な構成を読者が捉えられるようにしなければならないことで、消し去るようなことは、断じてすべきでは無い。 特別に余白域を著者が設けた場合は、それは立派な構成要素として捉えることが要求されているのであって、ただの印刷上の空白域・余白では無いことを改めて認識しなければならない。

 なにをおいても汲まなければならない論点は、原著者の意図であり、伝えたいと原著者が願ったことへの配慮であろう。 これが他の一切合切よりも優先すべき最重要点であること、そしてこれが唯一の目的であるということを、改めて心に刻むことでなければならない。
 そしてなによりも、そのことが著者自身が何よりも望むであろう唯一の論点であり、全集や著作集を繙く読者にとっても編集者に切望する唯一無二の論点でもあるのだから。