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2008年8月31日 (日)

山田先生の思い出(3) 寝て読む本は…

 日、大阪市立大学図書館のフロア端末で文献を検索していると、ドタバタと駆け込んできた女子学生が慌ただしく隣のブースで検索を始めた。 せわしなくキーボードを叩いていたかと思うと、また慌てて立ち去って行った。 彼女がいなくなった後、何気なくその端末を覗くと、行儀悪く、検索結果を残したままで何処かへ立ち去ってしまったのだ。
 それとなく、覗くと、なになに、『寝ながら学べる構造主義』(内田 樹著、2002年6月、文藝春秋社発行文春新書)だって?
 構造主義や内田氏にはさほどの興味はなかったが、「寝ながら学べる…」っと言う文字に目が留まってしまった。

 、山田先生のゼミで『資本論』からの報告を仰せつかり、第1巻第1章の価値論を指示された。 後になって分かったのであるが、この初学者にとっての難関中の難関である価値論を報告するのだけれど、一向に先生のOKが出ない。 「読みが足らない」、と言われるのだ。 一生懸命に『資本論』を読んで報告を繰り返したがやはりOKが出ない。 一計を案じた私は、先生の後輩が書かれた原論(と言っても一応大学のゼミ向けのテキストなのであるが)を買ってきて一週間首っ引きで一冊を何度も読んだ。 意気揚々と何度目かの報告の場に臨み、どうだとばかり、滔々とやって見せた。 一瞬ニッコリと笑われた先生が、今度は怖い顔をされて、「君、何か読みましたね!」と畳み掛けられた。 少々の照れと幾分か自慢げに、読んだ本の子細を申し上げた。
 すると、先生は思いもしなかったことを言われたのだ。 曰わく、「そんな本は寝て読む本だ!」と。
 意味が分からず、戸惑っている私に先生は次のように言われたのだ。
 「いいですか、河を渡るためには水に飛び込まねばなりません。 そして泳ぎ切って向こう岸に辿り着かねば向こう岸へは渡れないのです。 学問も同じです。 どんなに難しいテキストであっても、それを自分の力で読み切らなければいつまで経っても、此方の岸から向こう岸を望むようなもので、向こう岸を論じるためには、どうしても、どんなにしても、自分一人の力で向こう岸へ渡り切る必要があるのです。」
 こう、言い終わられ、ニッコリと笑われて、「君はどうしますか、自分の力で渡りますか、それとも渡った気になって向こう岸を眺めますか」、っと言われて真顔になられた。
 すかさず、もう一度お願いします。 と厚かましくも頭を下げた。 「それでは来週もう一度だけ報告を許します。」と言われてその日は終わり、また『資本論』に齧り付き報告をした。 まだ、読みが足りませんが、前よりは良くなりました。 後が支えるから、この後更に努力するように、と言われてやっと放免になった。
 先生のおかげで何とか『資本論』は読むことが出来るようになり、今日までやってこられたのだけれど、「寝て読む本」という強烈な表現が私には未だに忘れることが出来なくなったのだった。
 確かに、学生が学問に向き合うためにはどうしても越えねばならない河があるのだ。 この河を越えてゆくか、ゆかないかが大きな分かれ道になることを諭されたのである。 殆ど土左衛門状態で辿り着けた(ひょっとしたら、気を失って流れ着いた)私ではあるが、泳ぎ切ることの重要さは肝に銘ずることが出来た。

 いま、日本の大学では学生の学力の低下、質の問題が様々な角度から槍玉に挙げられている。 噴出するそのような議論を見聞する度に、私はこの「寝て読む本」を思い出すのだ。 古き良き時代の話さ!っと一蹴してしまうのは簡単なことだ。 しかし、どのような時代になろうとも、本質は微動だにしないはずだ。 移動したように見えるのは、論者が焦点を移動させたからに過ぎないのだ、ということを改めて知るべきであろう。

 ところで、『寝ながら学べる構造主義』なる本はどのような代物であるのかを読まずに評するのは著者に対して甚だ失礼ではあるが、それにしても、手早く分かる(分かった気にさせる)等と言うことは、決して学問にとって口にすべき言葉ではないと思う。 ネットによれば、この本は賛否両論、どちらかと云えば結構評点が高い方なのであるが、分かり易い入り口を沢山造っておくことも必要なことかも知れないが、小冊子を一冊を読んで、それで学生に分かったような気にさせてしまうのは、やはり考えものであろう。 なぜなら、勉強で楽をやった場合、ろくな事がないからである。 Marxの言葉を引くまでもなく、東洋における漢字でも、“勉強”と言うことの意味を良く示しているではないか。(2010-10-09一部改訂)

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