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2015年9月25日 (金)

山田盛太郎文庫所蔵の『資本論』映像化、覚書

 読者の方々へのお詫び

 者の体調不良が繰り返され、当ブログへの投稿が長期間に亘り疎遠になっておりました。  深くお詫び申し上げます。 現在も、十分とはゆかないのですが、調子の良い時にトボトボと少しずつ進めて参りました山田盛太郎文庫のデジタル映像化作業の内のエンゲルス版『資本論』の部が、多くの方々の善意の応援を得、その編集作業が何とかほぼ終わりました。 少しずつ覚書も書き始め、何とか形をなしましたので、せめてそのぶんだけでもUPしておきます。

 大正時代、やっとのことで産声を上げ得た経済学部を拠り所とし、幾多の研究者による漲る真摯な研鑽の数々の営みは、実に多くの輝かしい業績を私達に学問的遺産として残して頂きました。
 しかし、研究者の書斎に於ける営みの一つである数々の研鑽の痕を留める書物の山を、私達は中々その全貌を覗う機会がありません。 しかし、各研究者は間違いなく、書斎にて書を読み、思考を巡らせ、鎬を削り合っていたことを考えると、彼等が正面から向き合い、格闘の結果書物に深く刻み込み、私達にとって今迄
覗い知ることが出来なかった先学達が打ち込んだ幾多の読書痕の細径をとことん辿ってみたくなるではありませんか!

 有難いことに、年を経て、恩師の研鑽の痕を辿る旅の杖を得ました。 もう一度体と心を奮い立たせ、在りし日の恩師の謦咳を頼りに、もう少し頑張ってゆこう!

 いつの日か、山田先生だけではなく、他の気に掛かる先生方の読書痕を一堂に集めて拝見し、或いはそれらを以て彼等が命懸けで追い求めた“本質”というべきものを、改めて問い掛け、虚心坦懐に彼等の言葉に耳を傾けてみるということは何とワクワクすることではありませんか!!!

 以下、何とか書き上げました始末の悪い駄文では御座いますが、これをお目に掛けることで、長らく疎遠にしておりましたことへの責に代えさせて頂きます。

 谷大学深草図書館所蔵、山田盛太郎文庫のマルクス著『資本論』(Das Kapital. [Herausgegeben v. F. Engels. O. Meissners Verlag 1921])をデジタル映像資料化するにあたっての覚書。

 龍谷大学深草図書館所蔵の山田盛太郎文庫には、何種類かのドイツ語版『資本論』が所蔵されている。
 しかし、とりわけ山田先生が研究用として愛用されておられたのは、ハンブルグのオットー・マイスナー書店発行の1921年刊行のエンゲルス版、全三巻・三冊である。
 この書物の見開き右上には、山田先生の署名と購入年月日(1922年4月21日)が記載され、さらに見開きの左上には山田先生がこれらを購入された販売店と覚しき書店(新刊書店か古書肆かは不明)のシールが貼られている。 シールには「SHIHODO SHOTEN / FOREIGN BOOKSELLER / HONGO, TOKYO」とあり、先生は大学の近くにある洋書専門書店「SHIHODO SHOTEN」(十分な調査をしたわけではないけれど、恐らく四方堂書店と漢字で書くのであろうか?)にて全三巻(三冊)を大正11年(1922)4月21日に求められたことが分かる。
 (附注:因みに、山田先生は大正9年[1920]9月に東京帝國大學經濟學部に入学され、大正12年[1923]3月に卒業された。 山田文庫に所蔵されている『資本論』で一番最初に入手の日付を持つものは、所謂Moore-Aveling訳Kerr版あるいはUntermann版といわれるアメリカ・シカゴにて発行された英語版で、これも三冊存在する。 この第一巻の右の見開きには次の様な記載が残る。 右上にはサインと共に購入年月日が記され、入手日は大正10年[1921]5月11日である。 また、見開きの真ん中には今も鮮やかな青インクで
「第一回読了. 1921, 8, 4. 午前9時」と書かれており、購入後86日で読み終られたことがわかる。 書中に記された多くの読書痕と、見開きに記された読了記録からは、若き日の山田盛太郎青年の奔流の如くほとばしる情熱と胸の高鳴りが、書物を保つ手に痛くなる程伝わってくる。 この長々とした蛇足は、この度映像化したエンゲルス版『資本論』と山田先生との位置関係を示す一つの挿話としてここに収めた。 不悪。)

 このエンゲルス版の『資本論』には一つの難点があった。 先生の書物等が龍谷大学に収められた時、実は、第一巻は先生による生前の弛まざる繙読によって殆どバラバラ状態となり果てていたのだった。 そのあまりの有様を見兼ねた図書館員が気を利かせ、この書物に敬意を表し、丁寧に製本してしまったのである。 見事に製本されてしまった第一巻には随所に書き込まれた読書痕が存在するのであるが、これを映像として収録するには極めて難しい状態になってしまっていた。 このため、真に慚愧に堪えないのではあるが、今回は映像としての第一巻の収録を取り敢えず断念し、他日の技術的進歩を期することにし、この度は第二巻と第三巻の映像化のみを企画した。
 他方、第二巻と第三巻は痛みが激しいものの、辛うじて書物としての痕跡を留めており、製本化を免れたことから、比較的精査に映像化し易い状態であったことも幸いし、これらを総てデジタル映像化することで学術資料として学会に供することになった。

 以下、収録された資料映像を御覧に供するに当たり、利用される研究者の方々への何等かの便とすべく、下記の三つの留意点を付記し、当映像記録の最終編者としての責を塞ぎたい。
●第二巻、第三巻共に、映像を本文の「Abschnitt(邦語版では『編』とされているもの)」毎に括り、一つ一つのAbschnittには、それぞれの映像を本を見開いた状態で(左右の頁が見える状態で)頁の順に並べ、個々の映像にはその原頁数を振り当てた。
 Abschnitt内の各「Kapitel(邦語版では『章』とされているもの)」の表示は、並べられた映像の中でのKapitelの先頭頁が含まれる映像の頁数に続けて各Kapitelの数字を独文で記した。 当初、この各Kapitelの番号数字は「Kap.1」の様な解り易く、利用し易い表記法を予定していたが、当書物の本来の所持者である山田先生が「いやいや、それは例え長くなったとしても『資本論』独逸版の表記をそのまま使ってください!」と仰せになる声に覚醒し、弟子としては、この貴重なる電撃的インスピレーションに安んじて従った。 (それは悪い冗談であろう!読み辛いではないか!、と御抗議の向きも或いは在ろうかと思われますが、どうせお読みになる資料が総てドイツ語であることから、これしきの些事は元の所持者と編者の細やかな我が儘であると快く免じ、何卒ご海容を賜りたい。) 当然、ウムラウトやエスツェット記号もそのまま使用し、これも現代表記法とは些か異なるものの、閲覧頂く諸兄姉におかれてはこれも何等取るに足らない些細なことであろうと思い、此処に記し、併せてご寛恕を請う。

●今回映像化された山田文庫所蔵のエンゲルス版第三巻(1921年版)は一巻本である。 山田文庫所蔵のエンゲルス版の第三巻には初版本(1894)が存在しており、これも一巻本である。 しかし、正確な経緯を調べたわけではないが、書肆のオットー・マイスナー書店はその後に第三巻を二巻仕立てに組み替えた形跡があり、この度映像化した件の1921年版のこの書物は一巻本ではあるが、編者所持の最終版の1922年版は再び二巻に戻されていた。
 また、この度映像化された先生の第三巻では、巻の真ん中でこの二分冊目に当たる表題と目次が現れ、そこからの頁付けは再び1から振り直されている。
 このため、この第三巻は一冊本ではあるが、この映像資料を編集するに当たり、閲覧者への便宜から1922年の最終版の二つの分冊のように「erster Teil」と「zweiter Teil」に分け、恰も二つの分冊であるかの様に扱い、該当の映像をそれぞれに収納した。 但し、それぞれの各Abschnittと各Kapitelについては、第二巻と同様の取り扱いをした。

●龍谷大学深草図書館所蔵の山田盛太郎文庫には付属資料が存在する。 調査中、この付属資料の中から手作りの一つの小冊子が見付かった。 これは、ドイツ語書籍からの抜粋と思われるものが、原稿用紙を二つに折って作られた表紙に包まれ、山田先生が表題を書かれて、上の隅をゼムクリップで留められ、薄い冊子状に設えられたものである。
 抜粋されたものは、文章の体裁と内容から見て、ドイツ語版の『資本論』から抜き取られたものであろうということは直ぐに分かった。 そこで、抜き取り元が山田文庫に現存するのかどうかを文庫の『資本論』で調べてみると、今回の映像資料である一番良く読み込まれていた1921年版のエンゲルス版『資本論』第三巻のzweiter Teilにその切り取られた箇所を確認することができた。
 当映像資料の“(3) Das Kapital. Dritter Band, zweiter Teil. (Herausgegeben v. F. Engels. O. Meissners Verlag 1921)”中の“10) Sechster Abschnitt”の最後に付属資料から出てきた冊子の外観の映像を置き、次の“11) Genesis der kapitalistischen Grundrente ((3)Das Kapital. Dritter Band, zweiter Teil. の10)からの抜粋分)”に抜粋された冊子資料の内容を掲載している。(この抜粋部分は「龍谷大学山田盛太郎文庫及び付属資料中の山田博士の読書痕 2(外国書籍:抜粋)」にも再度収録しているが、これには通し頁は記載していない。) 些事ではあるが、この映像化作業により、抜粋部分は時を経て、再び元の在るべき位置に収まったのである。

【編集後記】
 この映像化作業には龍谷大学大宮図書館のスタッフの方々の多大なご助力により完成することが出来た。 ここに謝意を表し、その労をねぎらいたい。

  2015年9月24日                            編集責任者:中塚 肇 識

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