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2009年7月10日 (金)

廣松渉氏文献資料-3 (『廣松渉著作集』)[2011-05-11 改訂]

 廣松渉氏による刊行物は、多くの書物がそうであるように、雑誌原稿をその元版としてもち、そのままか、編集を加えることで新たな書物がつくられている。 この場合、大出版社や発行部数の多い雑誌は図書館などに所蔵されている場合が多いが、小出版社や発行部数の少ないもの、新聞(とりわけ大学新聞などでも)はオリジナルに触れようとすると困難を呈することが多い。
 『廣松渉コレクション』(情況出版)の次に刊行された『廣松渉著作集』(岩波書店)も編集者諸氏による膨大な労力の注入に基づくテキストクリティークを経て世に送り出された。 この『著作集』のおかげで、私達は廣松理論の全貌を容易にかつ正確につかむことができるようになった反面、却って難しくなってしまったもう反面をも併せ持つことになった。
 この文献資料3も「廣松渉文献資料」の1と2とを繋ぐことで廣松氏の全貌を知るための一つの手控えを作ることを目的としている。

 『廣松渉著作集』は岩波書店から1996年6月から1997年9月にかけて刊行された全16巻の豪華で大部な著作集ではあるが、決して彼の全文献を網羅しているわけではない点に留意が必要である。
 また、当著作集を読む上で注意しなければならないことは、彼が良く用いた方法としての対談や共同執筆等の在り方が、当著作集においては廣松氏の執筆部分のみを掲載しているために(個人の著作集、全集を編集する場合はやむを得ないのかも知れないが)、氏が目論んでいたであろう共著ならびに対談における本来の意図を汲み取る上からも、読者は必ず元の文献を参照すること、対談に関してはその書物を直接に読むことを心掛けなければならない。
 さらに、本来彼によって独立した書物として刊行されたものを、この著作集を編集する時点で、分解し、表題にあわせて別々の巻に分けて掲載したことも、やはりオリジナルを参照する労を省くことは避けなければならない。

 以下、『著作集』、並びに同『月報』の目次を掲げる。

 『廣松渉著作集』全十六巻(岩波書店刊行)
[編集委員] 今村仁司、高橋洋児、吉田憲夫、佐々木力、村田純一、野家啓一
 【注】
 『』は刊行された著作物
 「」は雑誌等に掲載された論稿(一文字下げて表記)
 【中塚注:部分】は該当のものが全体からの一部分である事を示す
 〈資料〉は解題の中や最後に掲載されている資料を指す

第一巻 世界の共同主観的存在構造
『世界の共同主観的存在構造』
『もの・こと・ことば』
 「意味論研究覚書」
 「記号論の哲学的次元」-記号的意味機能の存立機制-
 解説:野家啓一 解題:小林昌人
〈資料〉『記号的世界と物象化』はしがき
 1996年6月6日発行

第二巻 弁証法の論理
『弁証法の論理』-弁証法における体系構成法-
 「時間論のためのメモランダ」
 「人間論へのプロレゴーメナ」
 「精神病理現象を私はこう見る」
 「儀礼行為についての私の観方」
 解説:高橋洋児、野家啓一 解題:小林昌人
〈資料〉『哲学の越境』「はしがき」から【中塚注:部分】
 1996年11月6日発行

第三巻 科学哲学
『科学の危機と認識論』
 「物的世界像の問題論的構成」
『相対性理論の哲学』
 「マッハの哲学-紹介と解説に代えて」
 「マッハの現相主義と意味形象」
 「マッハとわたし」
 「哲学の功徳-マッハ外伝」
 「マッハ主義」
 解説:野家啓一 解題:小林昌人
〈資料〉『事的世界観への前哨』目次
〈資料〉『事的世界観への前哨-物象化論の認識論的=存在論的位相』序文
 【注】この〈資料〉にある“=”に注目。「資料-1」の『事的世界観への前哨』の注を参照されたし。

〈資料〉『認識の分析』新装改訂版への序文
 1997年3月6日発行

第四巻 身心問題・表情論
『身心問題』
 「物心の二元論を克服する前廷」
 「心身関係の難題と打開の方向」
 「身体的現相と〈内奥の〉意識」
 「完璧なロボットに意識は無用」
 「〈心-身〉関係論への視角-意志行為論のための管制」
 「表情体験的世界からの再出発」
『表情』
 解説:村田純一 解題:小林昌人
〈資料〉『哲学の越境-行為論の領域へ』はしがき
 1996年12月6日発行

第五巻 役割存在論
 「役割理論の再構築のために-表情現相・対人応答・役割行動-」
   【注】当論稿については『廣松渉文献資料-4』の【Ⅴ】を参照。
 「人格的主体と対他的役割存在」
 「自己と他己との 相互的共軛性」
 解説:熊野純彦 解題:小林昌人
〈資料〉『哲学の越境』「はしがき」から【中塚注:部分】
 1996年7月4日発行
 【注】 2010年2月、岩波書店より、内容を著作集のままで、標題だけを『役割理論の再構築のために 』と変更し、単独の書籍として発行された。

第六巻 社会的行為論
 「理解社会学への私のスタンス」
『現象学的社会学の祖型』-A・シュッツ研究ノート-
『共同主観性の現象学』
 解説:西原和久 解題:小林昌人
〈資料〉「社会的行為論ノート」(『現代思想』(青土社発行)連載論文)の目次
 1997年6月6日発行

第七巻 哲学・哲学史論
 「カントと先験的認識論の遺構」
 「カント理論哲学における先験的演繹の問題」
 「現代性を秘めるヘーゲル哲学の魅力」
『ヘーゲルそしてマルクス』
 「フッサールと意味的志向の本諦」
『フッサ-ル現象学への視角』
 「ハイデッカーと物象化的錯視」
『メルロ=ポンティ』
 「現象学とマルクス主義 緒言的覚書」
 解説:竹村喜一郎 解題:小林昌人
 1997年1月6日発行

第八巻 マルクス主義の成立過程
『青年マルクス論』
『マルクス主義の成立過程』
 「『ドイツ・イデオロギー』の位相」
 解説:小林昌人 解題:小林昌人
 1997年4月7日発行

第九巻 エンゲルス論
『エンゲルス論-その思想形成過程-』
『唯物史観の原象 その発想と射程』
 「マルクスと数学」-「数学手稿」の公刊に寄せて-
 「弁証法三題」
 「近代科学主義批判」-『自然弁証法』をめぐって-
 解説:佐々木力 解題:小林昌人
 1997年5月6日発行

第十巻 マルクス主義の哲学
『マルクス主義の地平』
『マルクス主義の理路』ヘーゲルからマルクスへ
 解説:今村仁司 解題:小林昌人
 1996年8月6日発行

第十一巻 唯物史観
 「歴史の法則性と人間の主体性-問題論的構制の把え返しに即して-」
 「経済学の視圏と唯物史観」
 「唯物史観」
『生態史観と唯物史観』
『唯物史観と国家論』
 「歴史法則論の問題論的構制」
 解説:山本耕一 解題:小林昌人
 1997年2月6日発行

第十二巻 資本論の哲学
『資本論の哲学』
『資本論を物象化論を視軸にして読む』
 解説:吉田憲夫 解題:小林昌人
〈資料〉『資本論を物象化論を視軸にして読む』目次
〈資料〉『存在と意味』第二巻序文から【中塚注:部分】
〈資料〉『資本論を物象化論を視軸にして読む』まえおき
 1996年9月6日発行
【中塚注:】『資本論を物象化論を視軸にして読む』の本来の表記法は“物象化論を視軸にして”が“割注”形式で書かれている

第十三巻 物象化論
 「現代的世界観への道」
『物象化論の構図』
 「宇野経済学方法論をめぐる問題点」
 「貨幣論のためのプレリュード」
 「資本論における単純商品の意義-労働価値説の定立場面と併存モデル-」
 「貨幣と信約的行為-物象化論展開の一管制-」
 解説:高橋洋児 解題:小林昌人
〈資料〉「資本論における単純商品の意義-労働価値説の定立場面と併存モデル-」冒頭の“前置き”
 1996年10月7日発行

第十四巻 近代の超克
『〈近代の超克〉論』昭和思想史への一視角
 「構造の形成・維持・推転の機制」
 「資本主義の突然変異-西欧で資本主義の成立した条件-」
 「国民国家の問題構制-自由平等主義と市民社会の擬制-」
 「「疎外革命論」の超克に向けて」
 「マルクスにおける歴史法則観に寄せて」
 「自由・平等・友愛のマルクスにおける行方」
 「マルクス主義と「プロ独」の問題」
 「東北アジアが歴史の主役に-日中を軸に「東亜」の新体制を-」
 解説:今村仁司 解題:小林昌人
〈資料〉『現代革命論への模索』目次
〈資料〉『マルクスにおける根本意想は何であったか』目次
〈資料〉『東アジア世界史探究』「発刊の辞」から【中塚注:部分】
〈資料〉『新左翼運動の射程』目次と初出
〈資料〉「東北アジアが歴史の主役に-日中を軸に「東亜」の新体制を-」の第一稿から【中塚注:部分】
 1997年7月7日発行

第十五巻 存在と意味 第一巻
『存在と意味』事的世界観の定礎
   第一巻 認識的世界の存在構造
 解説:坂部 恵、解題:小林昌人
〈資料〉「字にも書けない面白さ!? 東大で人気、廣松渉哲学」(83年2月20日『サンデー毎日』から)
〈資料〉「『存在と意味』をめぐって-近代をのりこえる哲学」(83年2月8日『東京大学新聞』における足立和浩、山本信両氏との鼎談における発言から【中塚注:部分】
 ○年譜(小林昌人による)
 ○駒場での授業(直江清隆ほかによる)
 ○著作目録(小林昌人による)
 1997年8月6日発行

第十六巻 存在と意味 第二巻
『存在と意味』事的世界観の定礎
   第二巻 実践的世界の存在構造
 解説:熊野純彦、村田純一 解題:小林昌人
〈資料〉『存在と意味』の諸プランの変遷についての諸資料
〈卒業論文〉「認識論的主観に関する一論攷」
 1997年9月8日発行


【『著作集月報』目次】
 [注]
「」が題名で次が著者(敬称等略)
廣松渉著作集月報1
    「廣松渉と西田幾多郎」小林敏明
    「廣松哲学を英語で語らせる」M・サントン
    「「活動家」廣松渉」冨岡倍雄

廣松渉著作集月報2
    「廣松渉とマルクス主義の現代的意味」加藤尚武
    「廣松さんと、社会思想史研究会と、酒」大庭 健
    「私にとっての廣松渉」村尾行一

廣松渉著作集月報3
    「廣松渉のエンゲルス論」杉原四郎
    「廣松さんとの出会い」石塚良次
    「ひとつの私信の思い出」いいだ もも

廣松渉著作集月報4
    「あの頃」清水多吉
    「廣松とのこと」山口重克
    「著者と編集者」富岡 勝

廣松渉著作集月報5
    「廣松さんと『ドイツ・イデオロギー』編集問題」重田晃一
    「廣松渉の四肢構造」藤本隆志
    「「歴史の主役」について」田代正夫

廣松渉著作集月報6
    「廣松スタイル」鷲田清一
    「共同体の行方-和辻哲郎から廣松渉へ-」門脇俊介
    「「実践哲学の復権」としての廣松渉」古賀 暹

廣松渉著作集月報7
    「社会学への越境」船津 衛
    「思い出すままに」増山眞緒子

廣松渉著作集月報8
    「廣松渉君のこと」井上 忠
    「廣松渉が残したもの」星野 智
    「マッハが物理学者だということを知っていますか」
    宮川武寿

廣松渉著作集月報9
    「廣松入門数歩前?」川本隆史
    「「マルクス学」の創始者としての廣松さん」的場昭弘
    「美学から見た廣松哲学」小田部胤久

廣松渉著作集月報10
    「廣松さんの想い出」伊藤俊太郎
    「書簡-フランス語の廣松渉」港道 隆
    「アリストクラットの湯帷子」中野幹隆

廣松渉著作集月報11
    「『共産党宣言』とアインシュタイン」服部文男
    「人間物差しとしての廣松さん」鷲田小彌太
    「巨人廣松さん」義江彰夫

廣松渉著作集月報12
    「「オールド・ボリシェヴィキ」廣松さん」加藤晴康
    「廣松渉さんとの“遅れた”出会い」勝守 真
    「渉少年の想い出」新谷弘之

廣松渉著作集月報13
    「廣松さんのこと」宇波 彰
    「非学問的付き合い」濱井 修
    「廣松渉の思い出」柄谷行人

廣松渉著作集月報14
    「廣松物象化論と労働の評価問題」伊藤 誠
    「『エンゲルス論』のころ、そしていま」池田浩士
    「廣松渉氏と私-奇妙な交流」筒井清忠

廣松渉著作集月報15
    「廣松さんのこと」高橋哲哉
    「廣松渉氏へのお詫び」井上五郎
    「「出版流通文化の終焉」雑感」合庭 惇

廣松渉著作集月報16
    「廣松さんの業績と生い立ち」立松弘孝
    「廣松渉先生から学んだこと」大澤真幸
    「トゲ」牧野 剛



 ※改訂の記録
[2010-08-28 一部改訂]

 小生は廣松渉氏の業績はやはり個別の刊行物からまず読まれるべきで、良くその内容を熟知し得た者だけが本当にうまくこの著作集を使うことが出来ると考えている。 例え、誤植や改訂箇所が施されていなかったとしてもだ。
 詰まらない思い込みかもしれないけれど、手にとって読み進んでゆくとき、思わず鳥肌が立ち胸が躍った時は、小生にとっては『著作集』ではなく、どちらかと言えば小柄な個々の既刊書であったからだ。 しかし、そのことからこれら『著作集』の価値が低いなどと決して言っているのではなく、逆に、廣松氏の懐の温もりを感じた後でこの『著作集』の扉が開かれたその時にこそ、束ね盛ったその真の価値をこれらの書籍群が発揮することになると思うからだ。 妄言、不悪。
[2011-05-11 一部改訂]

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