« 山田盛太郎先生文献集 | トップページ | 廣松渉氏文献資料-3 (『廣松渉著作集』)[2011-05-11 改訂] »

2009年7月 9日 (木)

廣松渉氏文献資料-4 (問題点の拾遺)[2012-01-12 改訂]

 当『文献資料-4』(問題点の拾遺)においては、『文献資料』の1から3までに収めることの出来なかった資料と、1から3だけでは十分に捉えきれない廣松渉を理解するうえでのいくつかの問題点を拾い出しました。

 雄編である主著『存在と意味』については、『文献資料-5』において展開することにしたため、この『文献資料-4』からは省かれた。

【お詫び】2011/05/11現在、上記『文献資料-5』は現在筆者の健康上の理由のため未だ最終稿に至らず、長らく“下書き”状態を託っております。筆者の健康回復後には調整の上公開を予定しておりますので、何卒ご高配の程宜しくお願い申し上げます。不悪。

【Ⅰ】 講座、事典等の編輯に関与せるもの

『世界の思想家』(全24巻)中の
 第12巻『ヘーゲル』
 廣松渉、加藤尚武編訳
【注】「まえがき」には次のような記述がある。 「本書は、ヘーゲルの著作・論稿・講義録からの抜粋を編輯的に再構成して、ヘーゲル哲学を概括的に理解する便を図ったものである」とし、次いで「体系期のヘーゲル哲学の外観を図ると称しても、彼の体系的諸著を順次均等に圧縮・抄訳して行くがごときは、蓋し論外であって、ヘーゲルの中心的思想、特徴的な論点と看ぜられるものを採録しつつ、謂わば準体系的な再構成を本書は試みる」のだと。

『マルクス主義革命論史』(全3巻) 紀伊国屋書店発行
 1: マルクス・エンゲルスの革命論
   マルクス/エンゲルス著(広松渉/片岡啓治編・解説) (1982/08)
 【注】廣松執筆分「編者まえがき」「解説マルクス・エンゲルス革命論の栞」
 2: 第二インターの革命論争
   F・エンゲルスほか著(山本統敏編・解説) (1975/12)
 3: 第三インターとヨーロッパ革命
   アンゲリーカ・バラバーノヴァほか著(中村丈夫編・解説) (1975/12)
【中塚注】これら上記3巻は、それぞれの標題の原典からの編訳集

現象学叢書
『Phaenomenologica』
   (
全27巻)世界書院発行
 1)現象学の方法 (立松弘孝)
 2)現象学の系譜 (篠 憲二)
 3)共同主観性の現象学 (廣松渉、増山眞緒子共著)(1986/10)
 4)意識の現象学 (加藤 茂)
 5)言語の現象学 (長谷川宏)
 6)心理の現象学 (鯨岡 峻)
 7)生活世界の現象学 (佐伯 守)
 8)身体の現象学 (湯浅慎一)
 9)社会の現象学 (熊野純彦)
 10)時間の現象学 (成田常雄)
 11)芸術作品の現象学 (金田 晉)
 12)メタファーの現象学 (滝浦静雄)
 13)プラクシスの現象学 (現象学・解釈学研究会 代表:村上純一)
 14)現象学と解釈学(上) (現象学・解釈学研究会 代表:新田義弘)
 15)現象学と解釈学(下) (現象学・解釈学研究会 代表:新田義弘)
 16)現象学とマルクス主義 (磯江景孜)
 17)現象学と記号論 (田島節夫)
 18)現象学と構造主義 (足立和浩)
 19)近代〈知〉とメルロ=ポンティ (清水 誠)
 20)フッセルとヘーゲル (上妻 精)
 21)フッセルとグラーツ学派 (江里口明俊)
 22)フッセルとメルロ=ポンティ (加藤登之男)
 23)フッセルとデリダ (白井健三郎)
 24)ソシュールとメルロ=ポンティ (丸山圭三郎、加賀野井秀一)
 25)現象学をめぐる諸問題 (木田 元)
 26)現象学運動(上) (シュピーゲルベルク著、立松弘孝監訳)
 27)現象学運動(下) (シュピーゲルベルク著、立松弘孝監訳)
【注】当叢書中の第3巻の共著としての位置や関わりについては「はしがき」に示された廣松氏の指摘を参照のこと。

『ヘーゲル左派論叢』
   良知力, 広松渉編(全4巻)御茶の水書房発行
 第1巻 : ドイツ・イデオロギー内部論争 (1986/10)
 第2巻 : 行為の哲学 (2006/02)
 第3巻 : ユダヤ人問題 (1986/09)
 第4巻 : ヘーゲルを裁く最後の審判ラッパ (1987/02)
【注1】これら4巻は、「ヘーゲル左派の重要文献でありながら未邦訳の文典を編訳し、研究者の共同利用にきょうしようと図るものである」とする。
【注2】第1巻の「解説」として執筆されたものは、後に『ヘーゲルそしてマルクス』青土社(1991/10)に「ヘーゲル“左派”の分立と推転」と題して収録された。

『講座ドイツ観念論』
  廣松渉, 坂部恵, 加藤尚武編(全6巻)弘文堂発行
 第1巻 : ドイツ観念論前史 (1990/06)
 第2巻 : カント哲学の現代性 (1990/06)
 第3巻 : 自我概念の新展開 (1990/09)
  【注】廣松執筆分「総説カントを承けてフィヒテへ」
 第4巻 : 自然と自由の深淵 (1990/11)
  【注】廣松執筆分「総説自然と大我との統一原理」
 第5巻 : ヘーゲル : 時代との対話 (1990/11)
 第6巻 : 問題史的反省 (1990/12)
  【注】講座ドイツ観念論・総索引を付す
【注】第4巻廣松執筆分において冒頭に次のような一文がある。「本講座は、前巻の「総説」にも誌した通り、カント、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルという系譜を単線的に辿るものではなく、剰え(アマツサエ)狭義のドイツ観念論には納まらない先行的同時的な思潮をも視野に入れるものである」と。

『これからの世界史』 平凡社 全13巻
①近代世界を剥ぐ [廣松 渉、篠田眞理子、天野哲彦](1993/11)
②世界史の第二ラウンド イスラム世界の視点から [三木 亘]
③日本問題(ジャパンプロブレム) 方法としての日本 [いいだもも]
④中国という視座 [溝口雄三、村田雄二郎、伊藤貴之]
⑤ラーム神話と牝牛 ヒンドゥー復古主義とイスラム [小谷汪之]
⑥地中海からカリブ海へ [加茂雄三]
⑦近代の深層を旅する [喜安 朗]
⑧神々の力と非力 [森安達也]
⑨国民国家のエルゴロジー 国家と民族の軌跡と幻影 [加藤哲郎]
⑩もう一つの選択肢 社会民主主義の苦渋の歴史 [西川正雄、松村高夫、石原俊時]
⑪市場経済と社会主義 [伊藤 誠]
⑫近代の今日的位相 [田口富久治]
⑬都市の美学(アーバニズム) [平田清明]
【注1】第一巻『近代世界を剥ぐ』における廣松渉執筆箇所は、第Ⅰ章(篠田)、第Ⅱ章第4節(「“遠洋航海”以後のヨーロッパ経済・社会」天野)、第Ⅳ章第1節(「アフリカ-奴隷貿易以前と以後」篠田)以外。
【注2】廣松氏担当の第一巻のカバー内側には次のような文章がある。
「 産業資本主義が西欧において如何にして成立し、
 何故、全世界を席巻しえたのか。
   激動前夜(15世紀)の世界地図を俯瞰することから始め、
その突然変異ともいえる特殊性を歴史的に辿り、
  近代市民社会・国民国家の実態を暴き出す。」

『岩波哲学・思想事典』
廣松渉、子安宣邦、三島憲一、宮本久雄、佐々木力、野家啓一、末木文美士編
岩波書店 (1998/03)

【Ⅱ】 岩波『著作集』で分割掲載された書物について
 岩波書店の『廣松渉著作集』の編集は相当な困難の末に辿り着けた編集者による苦労の結晶なのであろう。 しかし、その困難の結果にも関わらず、二つの問題点に対する留意が読者に求められることになった。
 一つは、分量の都合により、重要な何冊かの書物が分解されバラバラに収録されてしまったことである。もちろん編集者は周到に元の姿を復元するための目安を盛り込んではあるのだが、本来一つの独立した刊行物として世に問われたものを、脈絡を切って、再び個別論文の段階にまで戻してしまったことは残念である(元の論稿に編集を加えられた場合には、完全に元の雑誌論文に戻ったわけではないのだ)。 さらに、廣松氏独特の書籍の編集形態(デザイン面も含めて)が『著作集』の統一的な組版基準の下でオリジナルがもっていた様々な特色を失ってしまったことは、そのあり方に魅了された読者としては極めて残念でならない。
 二つ目は、廣松氏の重要な側面である社会運動面における業績がやんわりとトーンダウンしている点である(下記の【Ⅲ】を参照)。

 ここでは、一つ目のバラバラに収録されてしまった元の本の全体を鳥瞰する意味で、目次を復元しておこう(もちろん『著作集』でも目次等を掲載し、全体が復元されるようにされているのだが、あまりにもバラバラになってしまっているのでここでもそれを示しておこうとおもう)。
 【注】以下、目次中の【数字】は、下記の刊本から分割されて掲載された『著作集』の巻数を示す


『事的世界観への前哨』 物象化論の認識論的≈存在論的位相
 勁草書房(1975/05)
 【注】上記副題中の“≈”は、勁草書房の原本では“~”を上下に二つ重ねた特殊記号で、近似的に等しい,同相、“ALMOST EQUAL TO”という意味に用いられたのであろう
。 あの慧眼の廣松氏が、単なるイコールではなく、敢えて、このくねった特殊記号をもって印刷させたということは、これにある意味を持たせたのではないのかと思えてならないのだ。 彼は特別な意味をこの“≈”に込めたのだと小生は考えている。 『著作集』、ちくま学芸文庫版共に“=”をもって表記しているのは誤りというべきである。
  目次
序文
第一部 近代哲学の世界了解と陥穽
 一 カントと先験的認識論の遺構 【7】
    第一節 先験的認識論の課題と背景
    第二節 先験的演繹論の問題と沿革
    第三節 先験的観念論と共同主観性
 二 マッハの現相主義と意味形象 【3】
    第一節 マッハの哲学的世界観
    第二節 マッハ哲学と科学理論
    第三節 マッハ哲学のアポリア
 三 フッサールと意味的思考の本諦 【7】
    付 ハイデッガーと物象化的錯視 【7】
第二部 物的世界像の問題論的構制 【3】
 一 物体的自然像の構制要件
    第一節 肢体的分節と物体的分節
    第二節 形相的存在と質料的実体
    第三節 空間的質料と場所的空間
 二 物理学的存在概念の変貌
    第一節 古典物理学と機械的自然
    第二節 相対性理論と観測の問題
    第三節 量子力学と不確定性原理
 三 現代物理と物象性の存立
    第一節 与件の同一性と間主観性
    第二節 対象的所知性と物的実在
    第三節 観測の理論と対象的様態
第三部 時間・歴史・人間への視角
 一 時間論のためのメモランダ 【2】
    第一節 時間論の問題論的構制
    第二節 体験的時間の現前様態
    第三節 時間形象の対象的存立
 二 歴史法則論の問題論的構制 【11】
    第一節 問題論的領域の限定
    第二節 歴史法則論の相対性
    第三節 歴史法則の存立機制
 三 人間論へのプロレゴーメナ 【2】
    索引

『哲学の越境』…行為論の領野へ
   勁草書房(1992/11)
  目次
まえがき
第一章 表情体験的世界からの再出発【4】
第二章 物心の二元論を克服する前廷【4】
第三章 心身関係の難題と打開の方向【4】
第四章 身体的現相と〈内奥の〉意識【4】
第五章 完璧なロボットに意識は無用【4】
第六章 人格的主体と対他的役割存在【5】
第七章 自己と他己との相互的共軛性【5】
第八章 精神病理現象を私はこう見る【2】
第九章 儀礼行為についての私の観方【2】
第十章 理解社会学への私のスタンス【6】

『記号的世界と物象化』 情況出版(1993/06)
 目次
はしがき
【対談Ⅰ】記号・意味・物象-構造主義を超えて
【対談Ⅱ】文化のフェティシズムと物象化
言葉と権力と生の円環運動 (丸山圭三郎)
記号論の哲学的次元
  -記号的意味機能の存立機制 (廣松渉)【1】
あとがき

『マルクスの根本意想は何であったか』
   情況出版(1994/05)
  目次
はしがき
  
1 自由・平等・友愛のマルクスにおける行方【14】
2 マルクス経済(学)批判の意想・性格・射程
3 マルクスにおける労働の存在論とその構制
  
4 マルクス主義の哲学-その視座と地平
5 マルクスにおける歴史法則観に寄せて【14】
  
6 マルクスと哲学の間
7 現代的世界観への道
8 起原としてのマルクス


【Ⅲ】
 補遺1-現実と対峙する廣松渉の目-
 
廣松渉を語る場合極めて重要な側面として、社会運動との関わり(とりわけ学生運動との深い関わりの中で)の問題があり、これらの側面を避けて通ることは、彼を理解しようとするばあいの極めて重大な鍵を見失うことになる。 彼と運動との関わり方を如何様に解釈するも各読者に委ねられるわけではあるが、これを敢えて見なかったり、反対に、過大に重視してしまうことは、廣松渉そのものを掴み損ねることになる。 各読者の個人的な信条とは別に、このことへの注意が極めて重要且つ必要である。 為念。
 上記の論点に関しては、刊行書にまで至らないものの、数多くの論稿が様々な媒体の中に埋もれてはいるが、刊行本をもって整理しているこの資料集においては主に次の書物をあげるにとどまることへのご理解を賜りたい。(この点に関しては『著作集』第15巻の目録、下記『新左翼運動の射程』巻末の目録、さらには『哲学者廣松渉の告白的回想録』等をも参照されたし)
 以下、この項目は、各書物の目次を掲載し、当該書物を繙く上での一助にしたい。

『日本の学生運動』-その理論と歴史
   新興出版社(1956/06)
  目次
序文
第一部 来るべき日本革命の戦略と学生運動の位置」
    (注:第一部は門松暁鐘(廣松渉)が分担)
 第一章 国家権力と支配階級
  第一節 日本の国家権力は誰に握られているか
  第二節 日本独占資本は何故買弁的であるか
  第三節 寄生地主復活の見込みはあるか
   附 日本の農村分解と労農同盟の性格
 第二章 来るべき日本革命の政治戦略
  第一節 革命の性格と戦略課題
   第一項 革命の性格
   第二項 戦略目標
   第三項 主要打撃の方向
  第二節 戦略配置と戦略組織
   第一項 戦略配置
   第二項 闘争組織
   第三項 戦略組織
  第三節 平和擁護闘争
   第一項 日本の平和擁護闘争には何が要求されているか
   第二項 何故平和的共存の可能性があるのか
   第三項 民族戦線と平和戦線はどのような関係にあるか
 第三章 日本学生運動の任務と組織
  第一節 日本学生運動の基本分析
   第一項 革命的エネルギーの源泉
   第二項 社会主義革命の同盟軍たりうるか
   第三項 学生運動の基本的性格
  第二節 日本学生運動の任務と課題
   第一項 学生運動の戦略的任務
   第二項 日本学生運動の主要課題
   第三項 学生運動の基本闘争形態
  第三節 日本学生運動の組織
   第一項 学生運動の基本闘争組織
   第二項 サークルについて
   第三項 当面する組織課題

第二部 戦後日本学生運動略史
 (注:第二部第一期、二期は門松暁鐘(廣松渉)が分担し、第三期は中村光夫、第四期、五期は伴野文夫)
 第一期 学園民主化闘争の時期
 第二期 日本学生運動の質的転換期
 第三期 反帝・平和への全面的高揚の時期
  第一節 燃え上がる反帝闘争の狼火
  第二節 理論的対立
  第三節 関西における挑発行動
  第四節 五一年の闘争
  第五節 右翼反対派の分裂策動
  第六節 第三期の闘争の歴史的意義
  (注:目次では四期であるが本文、文脈上三期が正しい)
 第四期 昏迷と沈滞の時期
 第五期 伝統復活の時期

第三部 学生運動の当面する諸問題
     (注:第三部は門松暁鐘(廣松渉)が分担)
 一 当面する戦術目標としての憲法改悪阻止
 二 当面する主要なる一環としての憲法問題
 三 各種学内団体の戦術配置
 四 学生の経済的要求をどのような見地からどのようにとりあげるか
 五 遅れた学校ではどうすればよいか
戦後日本学生運動史年表 (注:伴野文夫が分担)
あとがき (注:筆者は新興出版社編集部)
【注1】「あとがき」には次の件がある。長文になるが厭わず引用しよう。
 「日本学生運動史に関する研究は、戦前戦後を通じてかなり多くのものがある。…中略…。これらいずれのものも学生が書いたものでない点では一致している。…中略…。従って戦後の運動に関する研究や現在自らその運動にたずさわる人々による運動論、運動史には各界からの大きな期待がよせられている。その意味で本書はきわめて当をえているものと思う。
 小社が今回東大の学生諸君の研究成果を発刊することは、一般的にいって以上の期待にこたえるものであるが、ただ単にそれのみではなく、現在の日本の労働運動、農民運動、その他の全社会運動の発展と考えあわせてみるとき、『日本の学生運動』の発刊はきわめて重要な意義をもつものであると信ずる。
 本書は東大教養学部歴史研究会の中で学生運動研究会として研究してきたものを中心として書かれたものであり、編集部萩原久利が編集・整理し著者との検討の上でつくりあげたものである。学生運動を社会運動としてとらえる以上、それはきわめて大きな著述にならざるをえないのであるが、紙数の都合で本書の程度にとどめた。…後略」
【注2】『哲学者廣松渉の告白的回想録』河出書房新社(2006/03)の該当箇所を参照のこと

『近代知性への反逆』
   學藝書林(1969/05)
   目次
 筑波研究学園都市解体をめざして-労学の闘う戦線の構築を
   (東京教育大学全学闘争委員会代表:松村健)
 近代の超克と大学解放運動
   (武岡克郎)
 「科学論」構築のための原点
   (哲学者:梅沢謙蔵)
 科学にとっては国家とは
  -科学者運動の原点はなにか
   (数学者:もののべながおき)
 歴史法則と諸個人の自由-マルクス主義“自由論”への予備考察-
   (名古屋大学助教授:広松渉)
 現代国家と大学
   (静岡大学教授:柴田高好)
 教育大筑波闘争の軌跡の中から-その個別と普遍-
   (鳥居淳)
 学問による近代主義の超克
   (宇野浩志)
 筑波移転阻止、教育大闘争関係年表
   (作成:S・T)
 【注1】廣松氏は名古屋大学助教授として参加。 『哲学者廣松渉の告白的回想録』河出書房新社(2006/03)のp.193前後を参照のこと。
 【注2】廣松氏の上記の論稿は、その後表題を「歴史法則と諸個人の自由」と改められ『マルクス主義の地平』(勁草書房)の第三部、第五章へ入れられた。本稿については、『地平』巻末の「初出一覧」ならびに『著作集』第十巻の小林氏による「解題」p.555を参照のこと。

『現代革命論への模索』
 盛田書店[初版](1970/04)、新泉社[新装版](1972/07)
   目次
 序文
 序説 新左翼運動の存在理由
第一部 新左翼革命路線の史的位相
 第一章 マルクス主義革命論の第一段階
  第一節 『共産党宣言』時代の革命論
  第二節 四八年革命と「永続革命論」
  第三節 第一インター期の新展開
 第二章 「第一段階」から「第二段階」へ
  第一節 老エンゲルスの遺した問題
  第二節 第二インターと修正主義路線
  第三節 レーニン主義と革命性の復興
 第三章 「第二段階」から「第三段階」へ
  第一節 第三インターとその適応不全
  第二節 マルクス主義の危機とその展相
  第三節 新左翼革命運動の課題と位相

第二部 新左翼革命理論の課題情況
 第一章 資本主義の“変貌”と現代革命
  第一節 資本主義体制批判の視角
  第二節 現代資本主義の“変貌”
  第三節 現代資本主義と共産革命
 第二章 旧左翼の隘路と新左翼のコース
 第三章 武装大衆叛乱方革命路線の模索
付「疎外革命論」の超克に向けて
 【注1】著者は「序文」の冒頭に次の一文を掲げた。
 「現代世界の歴史的現実に対して根底的[ラジカル]に対決しうる革命路線の模索が開始されてから久しい。この模索は、既成左翼指導部の路線では現在の先進国革命ひいては世界革命を領導できないという認識と相即するが、しかし、現代革命路線の構築-再構築は、単なる戦略戦術論的な次元に局限されうるものではない。それは、しかも、既成左翼による“マルクス・レーニン主義”革命論の歪曲を是正し、原型を恢復すれば事足りるというがごとき“なまやさしい”作業ではない。けだし、旧左翼を体制内存在に頻落せしめた一因でもあるが、現代世界の歴史的現実は、マルクス主義革命論のロゴスとパトスそのものをともすれば“風化”せしめるごとき相貌を呈しており、従って、われわれとしては共産主義革命論の原点にまで立帰って、自己の志向と射程をリアルに把え返し、それの現実的妥当性を実践的に証示[]することを要請される所以である。」
 また、同じく「序文」の最後で、「序説 新左翼運動の存在理由」は「新左翼運動に関する著者の“了解”の原型を定立している」と述べている。
 【注2】『著作集』第十四巻の「解説」p.693の“「疎外革命論」の超克に向けて”についての論述を参照のこと。


深夜討論『知識人の虚像と実像』
   亜紀書房 (1970/05)
   目次
 Ⅰ 学園闘争が与えた衝撃
 Ⅱ マルクス主義の知識人論
 Ⅲ 科学技術者運動をめぐって
 Ⅳ 知識人の変貌・消滅への展望
 討論者:相沢義包、富岡倍雄、廣松 渉、村尾行一
 【注】対談の最後に、村尾氏が総括して次のような発言した。 「きょうの議論はマルクス主義を下敷きにした議論が多かったけれども、実は、先行過程でいわゆるマルクス主義的なものがわからなくなって、ほんとかな、ほんとかな、という疑いを持った。「東大闘争」によって決定的に迫られたものは、マルクス主義とは何だということ、もっといえば、ぼくに対するマルクス主義的な呪縛から解放されたほうが大きい。」と。

『新左翼運動の射程』
   ユニテ(1981/07)
   目次
  序文
 第一章 情況と新左翼の位相
  第一節 人類史的危機と変革主体の昏迷
  第二節 新左翼の思想
  第三節 根本理念の再確認から始めよ
  第四節 産業主義イデオロギーを超えて
 第二章 マルクス主義革命論の原像
  第一節 フランスの二月革命と永続革命論
  第二節 『共産党宣言』と『回状』との視差
  第三節 ドイツ革命の展相と若干の追体験
  第四節 『回状』における永続革命論の含意
 第三章 マルクス主義の歴史的問題情況
  第一節 マルクス主義の第三段階
  第二節 大衆運動の物象化と前衛の問題
 第四章 プロレタリア独裁の問題
  第一節 マルクス主義と「プロ独」の問題
  第二節 プロレタリア独裁論の歴史的基礎
 第五章 全共闘運動が語るもの
  第一節 東大闘争の現代史的意義
  第二節 「壮大な零」に終ったか
 初出一覧
 編者付録 廣松哲学の諸論点(小林敏明著)
 著作年譜
  Ⅰ単行本、 Ⅱ新聞、雑誌掲載(作成:ユニテ編集部)
 【注1】本書序文は次のような書き出しで始まる。
 「本書は、ここ十四年間、折にふれて“時務”に應えた論稿(初出一覧を参照)をユニテ社編集部に委ねて一本の姿に纏めたものである。 時務的文章というものは、それが書かれた際の背景をなす情勢が推移してしまうと、とかく議論のアクチュアリティーが失われがちである。…中略…。 このことを承知しつつも、しかし、敢て本書を現時点で世に送るのは所収の論稿が、情況の推移にもかかわらず、今猶主張し続けらるべき若干の契機を秘めているものと思い直してのことである。 本書が既刊の別著『現代革命論への模索』(新泉社刊)と併せて繙読されるならば、著者の微意を汲み取って頂けるのではないかと念う。」
 【注2】当書の巻末にある著作年譜中のⅡ新聞、雑誌掲載は、岩波『著作集』第15巻末の目録とはちがって見やすい(当然1981年の半ばで切れているのが残念ではあるが)。

『歴史的実践の構想力』
   作品社(1991/11)
 以下目次[実線]と、中の箇条書きにされた中見出し


Ⅰ実践論のパラダイム

  • 古典的な革命のイメージが失効したなかにあって、実践論の原理的なとらえなおしが、どのような想像力の回路をつけていくかという課題に答えていく必要がある。
  • 言語ゲーム論は、基本的にコンフリクトを出しにくいパラダイムであって、言語行為論をもって行為論の基礎パラダイムにすることはできない。
  • 人間存在は身体性もあれば対自然関係もあるのであって、人間と人間との直接的な相互交渉の場面、単なる役割行動の束には還元できない。
  • さまざまな現実的な矛盾をかかえている市民社会にあって、いま、正義という観念がどういう脈絡で語られうるのか。
  • 実践の構造論を原理的に掘り下げていくなら、時間観念がどうやって成立しうるか、その時間の構造はどうなのかということまで問題にならざるをえない。

Ⅱ歴史意識の地平

  • 実践の構造論を原理的に掘り下げていくなら、時間観念がどうやって成立しうるか、その時間の構造はどうなのかということまで問題にならざるをえない。
  • 生身の諸個人の営みに根ざしている場面からの「呼びかけ」が、我々の基本行動であり、そういう役割行動のひとつの集積として歴史のダイナミズムが成立している。
  • 役割行動が社会の中で要求されているとして固定的あるいは肥大させてとらえるのではなく、ダイナミックに変換させていくプロセスは何か。
  • 人類はいまこそネガティヴな想像力ばかりがポジティヴな歴史的想像力を大いに発揮すべき局面にさしかかっている。
  • 実践の態度として要請されているのは、一つの場面のなかで、戦略配置がクリアーになる回路と、クリアーにならない回路の両方向を往復することだろう。
  • 唯物史観の大きな特徴は、生産の現場-人間の対自然的ならびに相互諸関係のダイナミズムの現場に視軸を向けているところにある。

Ⅲ 社会主義の行方

  • なぜ国家ないし民族が成立してきたかという基本的な理由を、マルクス主義はまたぎ越してきたという印象が強い。
  • 欲望が多様化している現在、市場原理を使わずに、消費者の欲望と生産とをフィットさせることが一体どうやって可能なのか。
  • 実現されるべき人間関係があたかも実現したかのような価値判断まで、実体主義的に還元してしまったところに、社会主義の顛倒が起きたのではないか。
  • 60年代末の全共闘運動は、資本主義の乗り越えではなく、近代批判、世界資本主義の生み出した生の様式に対する批判だった。
  • これほどまでに環境破壊が進む時代にあって、未来社会にかかわるマルクスたちのモチーフを、アクアリティをもって考え得る条件ができてきた。
  • マルクス以降の革命論の歴史を考えてみると、人類史的な課題に、あまりにも時間的なスパンを短くとりすぎてしまっていたのではないか。

【注】「あとがき」(対談者二人分の後書きがあるが廣松氏のもの)に廣松氏はこう書いた。 「この対談を応諾することにした私の秘かな動機は、小阪さんが連載稿などで途中まで提示しておられる実践論・制度論を、対話を通じてもう一段展開して頂く機会にしたいという念いにありました。…中略…。私自身に関して言えば、全共闘運動の評価をめぐる論点その他、小阪さんの誘導で初めて口を割った事項もあります。…略」

【Ⅳ】
 補遺2-『文献資料-1』への補遺-
 
廣松渉は必要とあれば恐れずに対談、座談共著という書籍上での発表形態を採用している。 聞くところに依れば、出版社ではこの形態の書籍を発売する事への抵抗があると聞く。 それでも、彼がこの表現形態への拘りを捨てなかったことについて、我々は十分に理解しなければならないのではなかろうか。 対談にせよ、共著にせよ、互いに響き合うことの微妙なバランスを味わうことへの拘りを私達も復元することの重要性を感じ取ろう(『コレクション』ではその一つに採用されたけれど、『著作集』で削ぎ落とされてしまったことが残念でならない)。
 細かなものまで含めると対談は結構その数が多く、雑誌や刊行書籍に散見するが、それらの総てをここに掲載することが出来ないが、重要なものだけに絞って下記に掲載する。
 【参照】→『文献資料-2』稿末の「【PS】-座談集への大いなる期待を込めて-」


『論理学のすすめ』  大森荘蔵、城塚 登編
 筑摩書房 学問のすすめ:19 (1971/01)
 【注】()内はそれぞれの執筆者
   目次
 まえがき (城塚 登)
 Ⅰ 論理と世界 (大森荘蔵)
 Ⅱ 弁証法と現実的世界 (城塚 登)
 Ⅲ 論理学の世界 (吉田夏彦)
 Ⅳ 論理学と存在問題 (中村秀吉)
 Ⅴ 判断の認識論的基礎構造 (廣松 渉)
 Ⅵ 社会科学の論理 (浜井 修)
 Ⅶ 論理と存在〈座談会〉
 参考文献 (城塚 登)
 【注】「まえがき」に拠れば、当書は「論理学を身近かなものとし、論理学への関心を喚起することをめざしている」と。 廣松氏の執筆論稿は『世界の共同主観的存在構造』の第二部、第二章に収録された。 また、当書の第Ⅶ章の座談会は当書執筆者全員による座談会である。

『現代哲学の最前線』
  第2回 哲学奨励山崎賞 受賞記念シンポジウム
 廣松渉 + 山崎賞選考委員会
 1975年11月20日、河出書房新社発
   目次
 序文 (山崎正一)
 ●インタヴュー構成
  わが哲学的構案を語る (廣松渉)
 ●シンポジウム第1部
  認識論と存在論との媒介環-物象化論と四肢構造論-
  (荒川幾男、生松敬三、田島節夫、廣松渉、宮川透、山崎正一)
 ●シンポジウム第2部
  哲学的世界観の歴史的相対性-人間主義の終焉と臆見-
  (足立和浩、荒川幾男、田島節夫、廣松渉、宮川透、村上陽一郎、山崎正一)
 【注】目次には各項目に周到に編集された細目見出しがある。 しかし、掲載するには量が多すぎるので、不本意ながら割愛。

『哲学に何ができるか』[現代哲学講義]
 廣松渉+五木寛之
 朝日出版社 LECTURE BOOKS(1978/12)
  目次
 はじめに
 第一講 現代哲学とは何か
 第二講 同時代の哲学
 第三講 マルクス主義の行く方
 第四講 現代哲学のたたかい
 【注】「はじめに」において編集者は次のように記した。「廣松氏は、世界とは何かという主題をつねにもって、氏自身の研究をいくつも紹介しながら講義をすすめ、また五木氏は、哲学は時代とその中に生きる人間といかに関わるかをつねに問いつつ、豊富な具体例をひきながら鋭い質問をつづけます。」と。 また、第四講の最後で、廣松氏は次のような述懐を漏らされた。「この“講義”では、現代哲学の「概説」ではなく「現代哲学論」、もっと露骨に言ってしまえば、いわゆる現代哲学に対して私としてはどういう態度をとるか、どういう姿勢で臨んでいるかを話すようにとのことでした。概論風の学説紹介に流れないようにという編集部の意向を汲んで、五木さんがじつに巧妙にリードしてくだすったので、ずいぶん本音を吐かされてしまいました(笑)。」と。

『仏教と事的世界観』 朝日出版社(1979/12)
  (吉田宏晢との対談)
 目次
はしがき (廣松渉)
第Ⅰ部 科学の危機と〈無〉の哲学
 無我
   有の存在論/諸法無我
   有と無/無自性と縁起
   コギタチオの亡霊/常一主宰の否定
 縁起
   相対論と量子論/龍樹の空観
   連続的創造と時間流/刹那滅
   素粒子と自己同一性/法体恒有
 唯識
   空間と原子/阿頼耶識
   個別と普遍/自相と共相
   決定と自由/種子と現行
 真言
   示差の体系/無礙
   アイデオロジー/声字実相
   モナドロジー/塵と法

第Ⅱ部 事的世界観と〈般若〉の思想
 般若
   心身問題/修行
   事的世界観/三性
   フェノメナルな世界/梵我一如
 菩薩
   コンミューン/サンガ
   学の体系/如来蔵
   弁証法/空性

仏教における存在論と認識論
   -あとがきにかえて (吉田宏晢)
 【注】対談者の吉田宏晢氏は巻末冒頭で次のような一文より「あとがき」を記し始める。「今日いわれるところの科学の危機が、その根源を実体主義においているのではないか、ということが既に指摘された。それではこの実体主義は何によって生じたのか、また実体主義を払拭したとして科学そのものはいかに位置づけられるのであろうか。かかるプログレマティークに対して仏教哲学はいかなる解答を与えうるか、これが〈あとがき〉で論じたい事柄である。」と。


『マルクスの思想圏』-本邦未紹介資料を中心に
  補注:井上五郎   朝日出版社 (1980/12)

『現代思想の境位』 (エスエル現代歴史思想選書 2)
 編・対談:高橋順一、対談者:吉本隆明、廣松 渉、柄谷行人
 エスエル出版会発行、鹿砦社発売 (1984/04)

  当対談の第2章にあたるものが廣松氏と高橋順一氏との対話記録である。 以下はその論題と対談録の見出し。
  【論題】近代知の地平の超克へ向けて
 『存在と意味』の問題構成とモチーフ
 方法的骨格としての四肢的構造論-言語モデルを手掛りに
 関係主義的な存在観-物象化的錯視の批判的な剔抉
 構造主義と現象学との対質化
    -「主観-客観」図式の超克とフッサールとの相違
 言語論的・記号論的視座と廣松理論-イデアールな存在契機の顕揚 

『資本論を物象化論を視軸にして読む』
 岩波書店(岩波セミナーブックス18)(1986/07)
 【注1】上記の書名中“物象化論を視軸にして”は割り注形式で上下二行に書くというクラシックな表記法が採用された。
 【注2】()内はそれぞれの執筆者
 目次
まえおき (廣松渉)
第一講 商品世界の物象的存立と商品物神 (廣松渉)
 第一節 商品の二重規定
 第二節 商品の価値形態
 第三節 商品の物神的性格
第二講 貨幣の諸機能と貨幣物神 (吉田憲夫)
 第一節 交換過程と貨幣
 第二節 貨幣の諸機能と物神性の高次化
第三講 貨幣の資本への転化と剰余価値の生産 (吉田憲夫)
 第一節 貨幣の資本への転化
 第二節 労働過程と価値増殖過程
 第三節 不変資本と可変資本
 第四節 剰余価値率・剰余生産物
 第五節 労働日
 第六節 相対的剰余価値の生産
 第七節 絶対的および相対的剰余価値の生産
第四講 協働連関の諸相とその物象化 (山本耕一)
 第一節 労働過程の諸契機の抽象化
 第二節 資本による相対的剰余価値の追求
 第三節 結合労働の諸形態と全社会的規模での協働
 第四節 資本による結合労働の成果の取得
 第五節 資本による労働の指揮
 第六節 資本による労働の実質的包摂
第五講 労資関係の物象化と資本の蓄積 (廣松渉)
 第一節 労働賃金の仮象と本質
 第二節 資本の蓄積と領有法則
 第三節 本源的蓄積と近世植民
幕間講 資本制生産過程の直接的諸結果 (廣松渉)
 第一節 資本の物象化と物神視
 第二節 資本下への労働の包摂
 第三節 資本関係自体の物象化
第六講 資本の循環・回転と資本流通のもたらす物神性 (須藤修)
 第一節 資本の循環
 第二節 流通過程と流通費
 第三節 資本の回転
第七講 社会的再生産の機構と物象化の機制 (石塚良次)
 第一節 再生産論の問題構成
 第二節 再生産表式論の概要
 第三節 再生産表式論の射程
第八講 物象化の次元累進と生産価格の成立 (石塚良次)
 第一節 序論
 第二節 マルクスの生産価格論
 第三節 転形問題論争
 第四節 価値と生産価格の物象化
 第五節 利潤率の傾向的低下の法則
第九講 利子生み資本と資本制市場の拡充 (須藤修)
 第一節 「経済学批判」体系と利子生み資本論
 第二節 利子生み資本と資本物神
 第三節 資本制市場機構の拡充と物神性の高次累進
 第四節 株式会社と〈所有と経営の分離〉
 付論 資本のオートノミー
第10講 収入の「三位一体範式」と階級関係 (高橋洋児)
 第一節 「収入とその諸源泉」をめぐって
 第二節 第四八章「三位一体範式」読解
 第三節 三位一体範式の生成と構造
 第四節 階級関係をめぐって

『共同主観性の現象学』 世界書院(1986/10)
 【注】()内はそれぞれの執筆者
 目次
はしがき
緒論に代えて-予備的註記事項 (廣松 渉)
 1 「共同主観性」の形式的定義
 2 「情動の場」という概念規定
 3 フェア・エスとフェア・ウンス
第一部 共同主観性の発生論的基柢 (廣松 渉)
 第一章 生態学的内-存在 と 知覚-行動
 第二章 現相的分節野と「表情性感得」
 第三章 共振的振動系と情動反応
 第四章 「本具的解発」と生理的機構

第二部 共同主観性の発生論的機序 (増山眞緒子)
第一章 知覚形象の間主体的性格
 1 知覚発生の間主体的性格
 2 知覚と情動の一元性
第二章 情動の場と共同主観的認知発生の機序
 1 感覚運動機能の間主体的供応
 2 表情表出と表情知覚の社会性
 3 「情動の場」論と認知の共同主観的発生
第三章 情動の場と記号の発生
 1 情動の場と表現の被拘束性
 2 情動の場の分節と象徴的記号の発生
 3 自-他我分節と言語的記号発生

文献および註

『東アジア世界史探究』 汲古書院(1986/12)
   目次
 序言
 『東アジア世界史探究』発刊の辞
 一 東アジア史研究の反省
 二 古代東アジア世界
 三 中世東アジア世界
 四 東アジアの専制主義と人民
 五 近現代東アジア世界
 六 科学的歴史学の現状と展望
   6 マルクスの歴史法則観によせて(廣松渉)
 跋
 【注】上記の各章には数編から十編位の論文からなっており、廣松渉氏の分担分「マルクスの歴史法則観によせて」(第六章、第6節)は、その後『マルクスの根本意想は何であったか』第二部、第5章に収録された。


『シンポジウム』 柄谷行人(編著) 思潮社(1989/12)
 当書の第4章にあたる部分で廣松氏を含む4人の座談がある。
   【論題】〈近代の超克〉をめぐって
    (座談参加者:廣松渉、浅田彰、市川浩、柄谷行人)
 一九七三、四年頃の「近代の超克」論議
 戦後二元構造の終焉とポストヒストリー
 「世界史的立場」とは何か
 空虚とファナティシズム
 仏教と主体の無化
 主観・主体・人間
 突き抜けとヘーゲル的論理
 主語-述語論理と内面化
 他者との関係絶対性
 マルクスと「社会的」
 底のない沼と転向
 マルクス主義という「他者」
 経済ブロックと統合の原理
 全体的な調和という抑圧

『知のインターフェイス』―広松渉 学際対話
   目次 (論題と対談・座談参加者)
 I  構造変動論 *構造変動論のパラダイムを求めて
     清水 博+塩沢由典+今村仁司+廣松渉
 II  物理的自然 *近代的自然観の超克
     廣重徹+村上陽一郎+廣松渉
 III  文化人類学 *生態史観は人類史を再編できるか
     田辺繁治+廣松渉
 IV 物象化社会 *物象化・存立構造論としての『資本論』
     真木悠介+廣松渉
 V  心身関係論 *現代心身関係論の地平
     宮本忠雄+廣松渉
 VI  精神の病理 *自己・役割・他者
     木村敏+中川久定+廣松渉
 VII  人工的知能 *意識という脳のダイナミクス
     甘利俊一+廣松渉
   青土社(1990/11)


『記号的世界と物象化』 情況出版(1993/06)
  →【Ⅱ】の該当箇所を参照されたい


『社会思想史上のマルクス』
  城塚 登、水田 洋、杉原四郎、山之内靖 (解説:木前利秋)
  情況出版 (1993/11)
   (論点の目次)
 問題の提起
 シンポジウムにあたって
 古典派経済学とマルクス-源泉問題(1)
 疎外論から物象化論へ
 マルクス研究の現段階
 市民社会と共同体
 プロレタリアートの問題
 啓蒙思想とマルクス-源泉問題(2)

 プロレタリア独裁の周辺で
 意識の共同性の諸形態
 価値論、物象化論など
 マルクスとドイツ古典哲学及びフランス思想-源泉問題(3)
 残された問題
 総括と展望


『対談 知のアクチュアリテート』 
 (『廣松渉コレクション』第六巻) 情況出版 (1995/12)
 内容については、『廣松渉氏文献資料-2』(『廣松渉コレクション』)を参照。

『新・廣松渉を読む』
 情況出版編集部編 情況出版 (2000/12)
 【注1
】当書には廣松氏自身による下記の遺稿を含む二つの論稿と、二つの対談・鼎談が掲載されている。
「マルクスの視力 『ルソー・ノート』に寄せて」
 【注2
 当書によって初めて公開された遺稿(文末に小林昌人氏による解題が付されており、参照のこと。「初出一覧」によれば、この遺稿は1979年5月となっている)
「近代文明の功罪」 雑誌『青年』1992年7月号に掲載
対談:「西田哲学と東西の哲理」
 (廣松渉+マイケル・サントン)、雑誌『現代思想』1993年1月号に掲載
鼎談:「現象学の臨界」(廣松渉+野家啓一+高橋哲哉)
 雑誌『情況』1992年9月号別冊に掲載

【Ⅴ】 重要な書籍ならびに論稿について
 
以下、特に重要な書籍や雑誌に掲載されたままの論稿についてだけは、その目次を記しておく必要があろう。 ただし、主著『存在と意味』やその周辺については「資料-5」に多少の記述を要するためこれを除くことにする。(これ以外のものについては重要ではないと言うわけではないが、何分にも資料が長大化したため、当資料に基づき直接に個々の書籍にあたられたし。不悪。)


『世界の共同主観的存在構造』勁草書房(1972/10)
  目次
(学術文庫版への序)
序文
 Ⅰ
序章 哲学の逼塞情況と認識論の課題
 第一節 近代的世界観の破綻と「主観-客観」図式
 第二節 既往の認識論の隘路と遺棄された案件
 第三節 認識論新生の当面する課題と視座
第一章 現象的世界の四肢的存在構造
 出発点を設定するためのプロペドイティーク
 第一節 現象(フェノメノン)の対象的二要因
 第二節 現象(フェノメノン)の主体的二重性
 第三節 現象的世界の四肢的構造聯関
第二章 言語的世界の事象的存立構造
 第一節 情報的世界の四肢構造
 第二節 言語的意味の存在性格
 第三節 言語的交通の存立構造
第三節 歴史的世界の協働的存立構造
 第一節 歴史的形象の二肢性とその物象化
 第二節 歴史的主体の二肢性とその物象化
 第三節 歴史的世界の間主体性と四肢構造

 Ⅱ
一 共同主観性の存在論的基礎
 第一節 身体的自我と他存在の次元
 第二節 役柄的主体と対他性の次元
 第三節 先験的主観と共存性の次元
二 判断の認識論的基礎構造
 第一節 判断論の心理学的諸相
 第二節 判断論の意味論的諸相
 第三節 判断論の構造論的位相
三 デュルケーム倫理学説の批判的継承
初出一覧
事項索引 人名索引


『存在と意味』-事的世界観の定礎 第一巻、第二巻については『文献資料-5』を参照のこと。

「役割理論の再構築のために-表情現相・対人応答・役割行動-」
  
目次
第一章 表情現相の構制
 第一節 表情現相の基幹的講制
  第一項 表情性現相の汎通的現認
  第二項 表情性現相の端初的分凝
  第三項 表情性現相の内自的規定
 第二節 認知反応の生理的機制
  第一項 知覚的認知と行動的反応
  第二項 カメラ装置モデルの排却
  第三項 「条件反射」と神経的機構
 第三節 意識体験の自他的帰属
  第一項 帰属的感知と当体的分節
  第二項 情動的覚識と自他的帰属
  第三項 生体的機能と振動的機構
第二章 対人応答の進捗
 第一節 対人共振と共鳴的同調
  第一項 対人的応答の共振的端緒
  第二項 共鳴的同調と認知的同定
  第三項 同型的行動と二肢的構制
 第二節 対人共応と信号的送受
  第一項 発信・受信と即自的共応
  第二項 信号的送受と教育・学習
  第三項 信号性現相と象徴的把捉
 第三節 対人共同と模範的協応
  第一項 追随的動作と模倣的協応
  第二項 対抗的即応と共互的行動
  第三項 身体的個体の自他的分節
第三章 役割行為の構造
 第一節 役割行動と期待的覚識
  第一項 呼応的行動と期待的覚識
  第二項 舞台的場面と用在的与件
  第三項 所期的所作と投企的遂行
 第二節 役割所作と規則的随順
  第一項 役割的演技と規則的随順
  第二項 所業的行為と賞罰的規制
  第三項 役割的行為と制度的編制
 第三節 役割行為と対他的調整
  第一項 役割的主体と内自的主体
  第二項 対他的調整と人格的形成
  第三項 自他的人格の相互的承認
 【注1】上記目次は『著作集』第五巻(役割存在論)に掲載のものから引用
 【注2】雑誌『思想』(岩波書店)に連載(総計9回分、1986年5月から1988年3月)。『資料-1』の“『現象学的社会学の祖型』-A・シュッツ研究ノート”(青土社、1991/12)の【注2】【注3】【注4】を参照
 【注3】『著作集』第五巻 役割存在論は、2010年2月、岩波書店より、内容を『著作集』第五巻のままで、標題だけを『役割理論の再構築のために 』と変更し、単独の書籍として発行された。

「構造の形成・維持・推転の機制」
 
第一信 構造変動論の論域と射程
 第二信 超個体の形成と組織分析

 【注1】当稿は未完の雑誌論文[→雑誌『エピステーメー』(朝日出版社)掲載]で、廣松氏の生前においては上記の「役割理論の再構築のために-表情現相・対人応答・役割行動-」同様、氏が亡くなられてしまわれたため、何らかの形での推敲と刊行の機会が失われてしまった。しかし、上記の論文と共にその目を見張る内容のため、当記事の編集方針に反してもここに収録。
 【注2】当稿は『廣松渉コレクション』
第一巻 共同主観性と構造変動と、『廣松渉著作集』第十四巻 近代の超克、に共に収録されている。

【Ⅵ】 文献資料への覚え書き  
 当資料集はあくまでも当稿の筆者が廣松渉氏の世界を読み進んでゆくための個人的な海図に過ぎない。 従って当稿においては廣松氏への論評はこの地図に関わる点に触れるところだけに限り触れてきたつもりである。
 彼の世界を囓るとどの様な味がするかは、小生を始め、彼の書き物を繙く読者に委ねられた問題であり、責務であると考えている。
 彼の世界は宏大、且つ多彩であり、余輩の如き非才の分際が辿り着けるような世界ではないのかも知れないが、読み始めると本当にワクワクしてしまうのを飛び越えて、時に総身に鳥肌が立つのを覚え、書物を握りしめるときがある。
 本当に、何度も何度も出会う機会があったにも関わらず、氏のご存命中には擦れ違うばかりで、(時に同じ建物の中におりながらも)ただの一度すらもお会いできなかったことが一期の不覚、生涯の心残りでなくて何であろうか!



 ※改訂の記録
[2010-08-28 一部改訂]
[2011-05-11 一部改訂]
[2011-05-20 一部改訂] 
資料追加
[2011-05-28 一部改訂]
[2011-06-14 一部改訂] 
資料追加
[2012-01-06 一部改訂] 資料追加
[2012-01-12 一部改訂]

|

« 山田盛太郎先生文献集 | トップページ | 廣松渉氏文献資料-3 (『廣松渉著作集』)[2011-05-11 改訂] »

文献等資料」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 山田盛太郎先生文献集 | トップページ | 廣松渉氏文献資料-3 (『廣松渉著作集』)[2011-05-11 改訂] »