« PC、生き返る | トップページ | 花冷えに戦く »

2014年4月 2日 (水)

桜咲く

 

桜が咲きました。 満開です。 近頃に無い美しさに立ち尽くしてしまいました。

 PCに新しいグラフィックスボードを入れ、これからの作業に備えるべく机周りの整理を始めたことで、書斎の環境に重大な変更を加えざるを得なくなった。
 私のPCは、一つ一つ自分で作ったものであり、全く壊れていないのと、思い出が一杯詰まった機械でもあり、これの持って行き場所が無かったため(本当はアッサリと捨ててしまえば一番良いのですが、なにせ一台一台手塩にかけた機械故にもうしばらくと思いながらついつい今まで長々と手元に残っていたのだ)、これらの機械を台にしてその上に書類やら書物などを置くことで、何とか部屋をどうにかこうにか設え直した。

 Win,95から現在のWin.7まで都合6台の大きな箱のPCが、今日、やっとのことで決めた場所に押し込めることができました。 作業後、一台一台を動かしてみると、それぞれの機械を使っていた最終状態のまま保存しておいたので、一台一台の当時の記憶が鮮明に脳裏に蘇ってきます。 このような状態に浸ると、ますます捨てることができなくなる。 場所は取るが、たいした経費も掛からないので、まあ、しばらくはこのままにしておこうと思う。
 一台一台いじくってみいると、あんなに便利だと思っていた古いそれぞれの機械も、やはり昨年新しく作ったWin.7の前では、其の古さを否応なく感じてしまう。
 これらの機械には、其の時代に取り込んだデータや書き上げた文書、資料等が全て残っており、其の環境で読み直してみるのも悪くは無い。

 Win.XPの日本語版を立ち上げた時、そのスクリーンセーバーには、山田先生の『分析』の次の言葉が私に語り掛けるように流れはじめた。 短い文章ではあるが、ゆっくりと流れて行く先生の言葉を一語一語かみ締めるように読ませていただいていると、そこに込められた先生の気迫が私の気持ちを掴んで激しく揺すぶり、熱い思いが極限まで込み上げた!

 「云ふ迄もなく、把握は全機構的のものでなければならぬ。 蓋し、構造揚棄の『必然性』と『條件』とが問題となる限り、それは全機構的な問題提起として、提起されねばならぬからである。」

« PC、生き返る | トップページ | 花冷えに戦く »