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2015年4月 5日 (日)

ある古書を手にして

 先日、古書展のカタログを、特に捜し物をしていたわけではないがぼんやりと見ていたら、目を疑うような一行に釘付けになり、いっぺんに眠気が覚めた。

 刊行五十周年記念復刊、『日本資本主義発達史講座』、岩波書店発行に付けられていた値段に思わず目を見開いたのである。
 \870.-! 何度も何度も確かめたが、幾度見てもそう書かれている。 しかも、分冊ではなく、五十冊余りの全冊子が揃っていて、かつ、復刊に伴う解説本と月報本が付き、さらにそれらを収める箱もあり、一回の配本分の分冊を束ねる帯だけが無いが、他の配本分には岩波書店で配本毎に付けられた分冊を束なる帯封がそのまま付いていると但し書きがあり、さらに、外箱には少々の汚れが有るものの、中は良品であると添え書きがある。

 人も知るように、この五十周年記念復刊セットの店売りの値段は¥32,000.-であり、どうしても欲しいけれど、最初に買うときには些か溜息をつきながら書店に代価を支払った記憶がある。 それだから、このカタログの\870.-には度肝を抜かれたのである。

 気楽に持ち歩くのに丁度良いし、値段が値段だけに、だめもと覚悟で発注をしてみた。 今朝、日曜にも拘わらず、郵便局員が大きく重い立方体を届けてくれた。
 早速開封してみると、紛れも無く五十周年記念復刊セット全冊が本当に丁寧に設えられた梱包から箱が静々と出てきた。 些か、古書独特の香りがほんの少しはするけれど、利用された形跡は全く無く、確かに第一回目の配本で各分冊を束ねていた帯封は無かったが、他の配本分の分冊を束ねている帯封はほぼ無傷で付いていた。 七つの配本の函を収めた外側の箱は、添え書きとは異なり、小さなシミはあるものの、ほんの少しだけ汚れているだけで、気になるようなものでは無かった。
 改めて納品書を見る。 どう見ても、やはり\870.-と書かれている。

 何だか、狐に摘ままれたような気持ちで書斎の机に全冊を載せて眺めていると、二つの相異なる感覚の鬩ぎ合いに苛まれた。
 一つは、誰もが認めるこの日本の社会科学研究史上に燦然と輝く業績に対して、この値段は失礼ではないのかという憤りと、他方では、こんなに安く買うことが出来て今一度改めて徹底的に読み込んでみなさいという啓示なのかしらん、という気持ちが幾度も衝突した。

 そうこうしていると、夕刻に至り、どうやら後者に軍配を挙げて気持ちが落ち着いた。 そうだ、ここは古書肆に感謝しなければなるまいと思い、合掌!した。

 雨が続けて降ると花粉が飛ばなくなるので、私にとっての猖獗を極めた今年の花粉症は物忘れをしたように一時退却!
 しかし、今度再び晴れると、今回閉じていた花粉嚢が再び開いて夥しい花粉に襲われ苛まれるのであろう。 暫し、刹那的に今日の休息を貪る。 おまけに来週の火曜と水曜日は再び冬型に切り替わると聞く。 本当に、くわばら、くわばらである!

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