2017年1月 3日 (火)

謹賀新年

 あけましておめでとうございます。

 昨年末の急激な温度変化は、本当に「骨身に応える」という言葉の意味を身に凍みるほど理解させてくれました。 年末にはしておかなければならない慣例の作業や行事も、最低限だけで茶を濁した。 年賀状はなんとか最低限だけを書きあげ、後は総て内に任せた。

 しかし、二日恒例のインク入れの儀は準備が全く整わなかったけれど、これだけは欠かすことが出来ない私の年頭の重要な儀式でもあり、逡巡したが致し方なく、前例を破り、洗浄も分解もせずインクだけを新たに入れ替えることで今年のスタートとし、自分を慰めた。

 また、二日の日は、なぜか見たことの無いくらいの大勢の猫たちが拙宅の塀の上を音も無く、まるで忍者の様に足早に入りつ代わりつ、サッサ、さっさと面白いくらい右往左往した。
 何匹かは近所の顔なじみであったが、この日だけは呼び止めても全く相手にもしてもらえなかった。 しかし、その他は、普段お目にかかったことのない全く見知らぬ猫達で、彼等はまるで、時間切りのあるお年始タイムに間に合うように急ぎ関係箇所を駆け回っているかのようであった。
 そういえば、このあたりでは、時々、猫たちの大集会が行われていた。 何処から集まってきたのか分からないが、大勢の猫たちが一堂に会しているが、別に喧嘩があるでもなく、鳴き声を立てるわけでもなく、ただただ黙り込んで、大勢でそれぞれが好きな所に陣取ってうずくまっているだけである。 行って、一緒にうずくまってみようかと何度も思ったけれど、その場には見えない結界のような彼等が放つ壁の如き境界線があり、それを越える勇気はでてこなかった。 本当に、猫達は時々不思議なことをするものである。

【PS】
 二日以降、猫達は一匹も拙宅にはやってこなかったし、塀の上も行き来しなくなった! 一体、二日のあの騒ぎは何だったのだろうか???

 それにしても寒い! 風邪を引いて敢え無く休養である。 (1月8日追記)

2016年12月25日 (日)

冬来たりなば・・・

 とうとう怖い冬がやって参りました! 来週辺りから、本格的な冬に拙宅も占領されそうです。
 外では、様々なウイルスを根源とする疾病が流行街道を一気に駆け上がっているそうです(恐ろしいことです!)。

 最近、何度か外出する機会がありましたが、都度、律儀にも風邪をお土産に頂いて帰ります。 しかし、日々の細心の用心の甲斐あって、今年は結構早めに直ります。 手が気温に敏感に反応して時々痛みますが、暖め、すこしでも動かすようにしています(手が痛むと、今日が寒いことが良く分かって、便利なこともあります)。

2016年9月12日 (月)

ログインアラート

 本日朝一番でメールをチェックした。

 niftyからログインアラートのメールが届いていて驚く。 メールには告知文に続いて安全の確保のためにあなたがやらなければならないことの説明が順に掲載されていた。

 もう、十数年以上前のWin.98の時代にPCをハッキングされたことがあり、このときはまだ若さが残っていたからであろう、HDを全てフォーマットし直し、OSを一から入れ直し、設定も全てやり直したことがあった(私の機械は全て手作りであったから、時間が掛かってもそれなりにやり易かった)。 これは功を奏し、犯人はそれ以上追っては来なかった(正確な文章は覚えていないが、英語で金を払えば動くようにしてやるゾ、というようなことが書かれていたように思う)。

 niftyサイトのいろいろな説明を読み、幾つかの変更を加え、新しい設定も行い、本日夕方には一応全て終了したが、いやはや、難しい時代になりましたが、これからもお供させていただかなければいけないので、初期設定の書類をはじめ、過去の記録も検討し、今回の新たな記録も作り、慌てず慎重に進め、やっとのことで一件落着に持ち込みました。

 本当に、久しぶりに疲れる一日でありました。

2016年9月 2日 (金)

近況報告

 昨年六月、東京に四五日出掛け、コンパクトにギッシリと詰まった結構ハードな用事を気力だけで必死でこなしたからであろう、目出度くもないお返しの体調不良に雁字搦めに捕まってしまいました。

 加えて、どうにかこうにか立ち直りかけると、近年に無い位の(正確に申し述べると、私にとって、であろう)寒さの到来は、立ち直り掛けた体をいともたやすく再び打ちのめし、春が来ても十度を超える寒暖の差が延々と続いたため、なかなか容易に立ち直る隙を与えてはくれなかった。
 不運なことに(これは、ただ単なる年の性か?)、今年の息もし難い位の猛暑!!!

 足掻いても仕方がないので、開き直り、ふてぶてしくも体力の涵養に努め、少しその甲斐も有り、今はなんとか動けるようになりました。(先年の入院先での今年の定期検診で、やっと其れ以来毎日朝晩服用していた沢山の薬ともどうやら縁が切れ、医者からはParisでもLondonでも何処でも行けますよ!との託宣を頂戴したのであります!!!)

 しかし、何ヶ月か先に御尊顔を拝することになる冬将軍には過たず備えを怠れないので、それまでの間にしておかねばならない仕事をいま大車輪で、かつ体をいたわりつつ片付けつつあります。 上手くゆくでしょうか?! それまでは何とかして命を繋げてゆかねばなりません!

 随分と休み、一部で死亡説も流れ(例の通知ハガキを出していないのでご安心を!)ましたが、簡単な表記になりますが、時々細々と綴ってゆきたいと思います。 不悪!

 本日、
拙サイト「“ Festina lente ! ”」にも投稿。
http://usagi-s.cocolog-nifty.com/webmemos/2016/09/post-bc8d.html

2015年10月 6日 (火)

蛙の後日譚

 先日書き込みました、もしかしたら蛙にも霊感があるのだろうか?、というお話しの顛末。

 実は、蛙はその日の夕方には既に退去して玄関の上、軒下の明かり取り、から居なくなりました。
 爆弾低気圧も、大阪では一時だけ、ほんの少し風が吹いた程度で収まり、安堵しました。

 件の蛙君は翌朝には庭の植木鉢で背中に皺を作って何やらストレッチしているような複雑な格好をしておりました。 おそらくあの欄間で窮屈な格好をしていたので体が強ばったのでしょうか?
 まあ、見方を変えると、蛙君は夕刻には事態の無事な推移を感得したので、安心してあの場を退去したという推察が成り立つので、もしそうであれば、彼の霊感も本物であるし、たいしたものだと思い、背中の皺に思わず吹き出しそうになりましたが、彼には労いの言葉を掛けました。

 お読みいただいた諸兄姉には、何か、面白い顛末があったのではないか、とご期待いただいたのかも知れませんが、事実私共も事無きを得、かつ、自然の警告という問題をも考える縁を得たわけですから、これからも辺りに気を配り、彼等が伝えてくれるであろう神秘的な力をしっかりと観察してみたいと思います。 他の報告文を整理・提出していたので当件の報告が遅れ、不悪。

2015年9月30日 (水)

蛙の霊感を信じるべきか?!

 気が付いたのは昨夕であった。

 いつもは庭にいる雨蛙が、拙宅玄関の引き戸の上の明かり取り窓の桟とガラス板とに、まるでその体をその境目の角にに突っ込むかのように、両方の足をピチャッと引きつけて桟とガラス板にへばり付いている。 これは一体どうしたことか?

 netのニュースに拠れば、明日と明後日は日本海を西から東へと爆弾低気圧と近頃呼ばれている低気圧が通過するというのだ。
 突風や雷、激しい雨、竜巻等という恐ろしげなものがやって来るぞと言うご託宣である。 テレビの気象予報士も、飛びそうなものは出来るだけ早めに片付けてくださいと警告している。

 ヒョッとして、この蛙の霊感はこの遠くの不気味な胎動を敏感に察知しているのであろうか??? そう訝りながら、問い掛けてみたが、フィギュアみたいに微動だにしない緑の小動物は何も語らず、まるで蛙に化けた仙人のようにも見える。 明日から明後日にかけて、ことの成り行きを見守りたい。

2015年9月25日 (金)

近況報告

 また半年余り投稿が途絶え、多くの方々に心配をお掛けしている。

 書こうと思えば書くことはいくつかはあるのだけれど、どういう訳か気力が無性に萎えて仕方無く、ただ、いざという時のために、PCの健康管理と安全管理だけは、気が付いた時に機械を流している(だからこの間、PCだけは至って息災であった。変わったことと言えば、安全管理のプログラムの期限が切れて、Amazonから送ってもらい、新たに投入したくらいである)。 早々と、もう風邪まで拗らせて一週間が過ぎ、なかなか遠出が出来そうもない。

 それでも、多くの方々の善意に支えられ、トボトボといろんな作業を続け、目が大丈夫で、気力が残っている間は知識の習得と涵養に努めた。(今日は細やかな報告をお詫びの印に他のHPに掲載した。)

 書斎の外で、ご近所のご老体の虎猫がブロック塀の上で、まるで置物の如く微動だにせず昼寝をしている。 呼んでも全く起きない。 かといって、癇に障るわけでもないので、ただ、彼を眺めている。 彼も、ふと思い出した様にたまにチラッとこちらを見るには見るが、髭一つ動かすでもなく、再び深々と目を閉じる。
 何とも、不思議な時間が流れる。
 辺りが暗くなり、夕餉時が来たからであろうか、彼は急にボテッと鈍いが大きな音を立てて塀から降り立ち、庭をゆったりと横切り、振り返るそぶりも見せず、門から尻尾を引き摺りながら、のっそりと家に帰っていった。

2015年4月 5日 (日)

ある古書を手にして

 先日、古書展のカタログを、特に捜し物をしていたわけではないがぼんやりと見ていたら、目を疑うような一行に釘付けになり、いっぺんに眠気が覚めた。

 刊行五十周年記念復刊、『日本資本主義発達史講座』、岩波書店発行に付けられていた値段に思わず目を見開いたのである。
 \870.-! 何度も何度も確かめたが、幾度見てもそう書かれている。 しかも、分冊ではなく、五十冊余りの全冊子が揃っていて、かつ、復刊に伴う解説本と月報本が付き、さらにそれらを収める箱もあり、一回の配本分の分冊を束ねる帯だけが無いが、他の配本分には岩波書店で配本毎に付けられた分冊を束なる帯封がそのまま付いていると但し書きがあり、さらに、外箱には少々の汚れが有るものの、中は良品であると添え書きがある。

 人も知るように、この五十周年記念復刊セットの店売りの値段は¥32,000.-であり、どうしても欲しいけれど、最初に買うときには些か溜息をつきながら書店に代価を支払った記憶がある。 それだから、このカタログの\870.-には度肝を抜かれたのである。

 気楽に持ち歩くのに丁度良いし、値段が値段だけに、だめもと覚悟で発注をしてみた。 今朝、日曜にも拘わらず、郵便局員が大きく重い立方体を届けてくれた。
 早速開封してみると、紛れも無く五十周年記念復刊セット全冊が本当に丁寧に設えられた梱包から箱が静々と出てきた。 些か、古書独特の香りがほんの少しはするけれど、利用された形跡は全く無く、確かに第一回目の配本で各分冊を束ねていた帯封は無かったが、他の配本分の分冊を束ねている帯封はほぼ無傷で付いていた。 七つの配本の函を収めた外側の箱は、添え書きとは異なり、小さなシミはあるものの、ほんの少しだけ汚れているだけで、気になるようなものでは無かった。
 改めて納品書を見る。 どう見ても、やはり\870.-と書かれている。

 何だか、狐に摘ままれたような気持ちで書斎の机に全冊を載せて眺めていると、二つの相異なる感覚の鬩ぎ合いに苛まれた。
 一つは、誰もが認めるこの日本の社会科学研究史上に燦然と輝く業績に対して、この値段は失礼ではないのかという憤りと、他方では、こんなに安く買うことが出来て今一度改めて徹底的に読み込んでみなさいという啓示なのかしらん、という気持ちが幾度も衝突した。

 そうこうしていると、夕刻に至り、どうやら後者に軍配を挙げて気持ちが落ち着いた。 そうだ、ここは古書肆に感謝しなければなるまいと思い、合掌!した。

 雨が続けて降ると花粉が飛ばなくなるので、私にとっての猖獗を極めた今年の花粉症は物忘れをしたように一時退却!
 しかし、今度再び晴れると、今回閉じていた花粉嚢が再び開いて夥しい花粉に襲われ苛まれるのであろう。 暫し、刹那的に今日の休息を貪る。 おまけに来週の火曜と水曜日は再び冬型に切り替わると聞く。 本当に、くわばら、くわばらである!

2015年3月22日 (日)

近況

 昨年から今年にかけては殊の外寒さが厳しく、身に凍みた。

 とりわけ三月に入ってからの寒暖の動きにはほとほと骨身に応え翻弄された。

 それでも、龍谷大学の山田盛太郎文庫の作業には、寒さを押してほぼ毎日通っていたからであろう、かなりの進展があり、無事文庫の書籍は新しい新館書庫の棚に収まり、まずは一安心。 付属資料については一点一点を保存のために袋に収める作業がほぼ終わり、いま最後の点検をしているが、袋に貼付する各資料の説明表記の大きなラベル(目録とは別にその資料の属性と特徴を記載する予定)を作る作業がこれから待っており、これが完了して添付すれば、展示に関してはほぼ完了ということになる。
 付属資料中にある農村調査時の貴重な調査原票類は、その現状が経年のために現在極めて危険な状態にあることから、研究者への閲覧に対しは基本的にデジタル映像化したもので閲覧して頂くことになるだろう。 これに伴う一連の作業が多くのスタッフを煩わしてこれから予定されており、これに対する私の下準備は既に終えた(しっかりと設えられたデジタル資料の方が虫眼鏡を使って見るよりも見易いことも考慮した)。

 ここまで来るために、かなりの無理をした性であろうか。 待望の春を目前にしての近頃の寒暖の厳しい変動には体も心もついてゆけなくなって、とうとう敢え無く休眠状態に陥る。 致し方ないので、現在体調の回復に専念しており、少しずつまともに戻りつつある(少なくともそのように言い聞かせている)。 早く、重たい外套やマスク、カイロ等とはおさらばしたいものである(今年は体調の性であろうか、例年にない花粉症の難儀がオマケとして加わってきた)。

 気が萎えたため、ネットへもなかなか手が出なかったけれど、今日此処に書込をしてみようという気になったと言うことは、春の足音の響きが体のどこかには伝わり、シンクロしている証なのであろう。 花冷えという言葉がある以上、これからもまだ油断が出来ないが、我が身を上手く慎重に操縦しなければなるまい。

【PS】 別の拙サイト、“ Festina lente ! ”、にも本日付けで「山田盛太郎文庫の引越」をUP。

2015年1月24日 (土)

亡母の法要

 母の回忌法要を兄弟姉妹参集し、自宅にて営む。 会食と喫茶を共に愉しむ。 天気が良くて何よりであった。

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